気象

□ゲーテの名言
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水の音がする。
流れるんじゃなくて押して反す波の音とごぽごぽ気泡の音。
海の中に居るような、でもイメージはもっとクリアーな何も溶けていない水の中。
真水って飲んだら体に悪いんだっけ。
どんな味すんのか気になるな。
いや、本来水は無味無臭で味がする訳がないのだから考える以前の問題で。
だけど一口くらい大丈夫でしょ。
いただきます。
吸い込もうと、口に含もうとしたところで引き揚げられた。
ザパァって。
後は波の音が心地好く響いているだけ。
でも揺られている感覚はなくてやはりただ、聞こえるだけ。

「あぁ今、すごく幸せだ。」

幸せって、漠然とした感覚だと思ってた。
曖昧で、変わりやすくて。
それも今なら根拠はないものの自信を持って言える。

「時間が、止まれば。」

この幸せを褪せる事なく保存出来ないものか。
そうだ、水を凍らせればいい。
一種の冷凍保存だ。
きっとその幸せの氷は

「綺麗だ。」

「時よ止まれ。」

誰。
誰かが語りかけてる?
心を読んでいるかの如く。
あぁだけどその通りなんだ。

「この瞬間、お前はとても美しい。」




ゲーテの名言




続けられた言葉に満足して目を開けばぼんやり霞む白い天井。
明け方か?
それにしては騒がしい。
視線を走られば沢山の、人、人、人。
所狭しと並ぶ機材。
その中にある華やかに造られた異空間、撮影用のセット。
綺麗だと感じたのは、幸せだと感じたのは、あれか?
いけない、幸せが萎んでしまう。
その前に、凍結を、早く、早く。
ぼんやりとした頭で微かな焦りを感じて目を閉じたがもう既に遅かった。
もう聞こえない。

「聞こえ、ない。」

「ゲームオーバー、ってやつ?」

なんだ、この声はアナタだったの。

「そうみたい。」

気づかなかった。
背中合わせで座っている彼には異空間は見えているのだろうか。
何を以って美しいと宣ったのだ。

「ニノが溺死するかと思ったぞー。」

「何それ。それよかアナタ、何が美しいのよ?そっち壁じゃない。」

「んふふ、そうだね。」

軽く振動が伝わって、笑ったのが分かった。
だから、一体、何が。
人の幸せを消してしまっておいて、けれど全く悪びれもせずに笑顔なのだろうと予想が付く。

「さぁ、今考えてたトコだから分かんねぇや。」

失笑。
笑っちゃいけないのに、残念さに笑える。
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