気象

□叶えてくれる
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皆が帰って二人きり。
この時間が好きだ。
今だけは彼を独占できる。
上半身だけ起き上がって「お疲れ様」と背を向けた彼の足に抱き着く。

「一緒に帰ろう?」

その言葉にチラリと視線を寄越し、一瞬だけ目が合う。
ほんの一瞬。
その冷めた目も堪らない。

「どんな気分なわけ?」

激しく求められたい。
でも今日は、あの時、翔さんに向けていた優しさが欲しい。

「優しくして。」

そう言うと、また冷めたような雰囲気で溜め息を吐かれた。
絡まる腕は振りほどかれ、彼はソファに腰掛ける。

「あと何分?」

言外に時間がないと含み吐き出された言葉。
言うまでもない、急いで帰り支度をした。





タクシーを拾い、家に着いたのは夕方(と言っても夏なのでまだ日は高い)
リーダーが家に来るのは別段珍しい事ではない。
着替えやら何やら色々と置いてある。
だけど、長時間滞在する事は滅多にない。
今日だってごく短時間で帰ってしまいのだろう。“本命”の所へ。
だからこそ思い切り甘えたい。叶わぬ願いが、叶う今。

「シャワーの前に、準備してくる。」

時間を取らせはしない。それに、帰る前に全て洗い流したい筈。
嬉しいのに、少し悲しい気分。独占できているようで、出来ていない。
体だけ、心が寄り添う事はない。
いつもの様に一人で準備をする為に、一通り用意を纏めて立ち上がる。
思わず、声をかけられた。

「いいよ、一緒に用意しよう。」

「えっ?」

珍しい。
しかし次に続く言葉は痛みを増すのに十分すぎるものだった。

「翔くんみたいに優しくされたいんでしょ。」

実に優しそうな表情で。
蕩けそうな声色で。別の名を呼ぶ。
それでもいい。
あなたが居てくれるのなら。
俺だけを見てくれているのなら。
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