参画物部屋

□彼と俺とあいつとそいつ
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彼と俺とあいつと有明










仇打ちから解放されてからというもの、その生活はとても充実している。
刑期を終えて出所し、店持って。中々にハードに、だけど楽しい。
が、やはり抜けない詐欺師時代の習性なのだろう。幸か不幸か、身についてしまったものは抜けないのだ。
相手の話や仕草から、誰がどのような人間で、どんな生活をしていて、弱点は…等々。
涼しい顔して常に探り続けている。
身についてしまったことの不幸は、ふと我に帰った時の、詐欺師でしかないという虚しさ。
幸は、どんな客とでも会話が出来て店内を和やかな雰囲気に保つことが出来る。
とかく、いつでも観察してしまう。特に常連なら尚更だ。まあ、型にハマらない奴もいるが。

「でさ、成瀬が…。」

そう、彼なんかがそうだ。熊田正義。ひたすら話し続けるから観察の必要性は皆無。
誰だってきっと同じだ。彼についてならば、何も考えなくてもいい。全部勝手に話してくれるから。
そして話題に出てくる成瀬についても、深く考える必要はない。
この成瀬というのも、今までに出会ったどの同業者よりもペテンな奴で、あれよあれよと気付けば店を持ってここに立って居た感じだ。
まあ、結局は兄弟も護られたため、文句は言えないのもあるのだが。

「熊田は成瀬の何なの?」

最初は、熊田が成瀬の回し者なのではないか、と考えた事もあった。
初対面で、成瀬も熊田も胡散臭い印象だったからだ。

「そんなもん決まってるだろ。俺は成瀬の…」

「ことを父の仇だと追いかけまわすストーカー予備軍です。」

「…成瀬さん…いらっしゃいませ。」

「お前、ふざけたこと言ってっと…。」

「ふざけたこと言っているとどうするんです?何にせよ、事実じゃないですか。」

と、このような会話を店でしておきながら、帰る場所が3人一緒なのはとても不思議だ。
多分、2人ともなんとなく(…熊田はがっつりかもしれないが)本当に、なんとなく、薄らと、成瀬に魅かれているのだろうと、思う。
これについては、絶対に熊田に毒されたと断言できる。
熊田が魅かれているのは見て分かる。見なくても聞いていて分かる。
朝起きて、成瀬が仕事に出るまで。そして帰って来てから寝るまで。ずっと離れない。
そして成瀬がいない時はずっと彼の話ばかりしている。
だから無駄に成瀬に詳しくなった。今では好みのものを作るのだって文字通り朝飯前だ。

「熊田はでも、本当に成瀬さんに懐いてるよな。」

「は?ちげーし。」

「あ、そ。なら俺が懐いてもいいけど。」

「それはキモいからやめろ。お前が懐くくらいなら俺が懐く。」

素直なのだから素直になっていればいいのいに。
たまに熊田は小難しい事を言う。

「こないだ食ったあれ、今度いつ作んの?」

こないだ。あれ。
さっぱり分からない。熊田の話はかなりの頻度で大切な何かが抜けている。
伝えなければならない会話なのだから、せめて何か似たものを例として挙げる、など方法はあるはずだがそれをしない。
どうでもいい話を長々する時は具体的なのに、重要な所で発揮されていないと思う。
それもこれも、原因は相手の言いたい事がどれだけ奥につっかえていても読み取る成瀬が悪い。
熊田が考えて思い出す努力を怠る最たる原因だ。
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