参画物部屋

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聖歌を聞いていたら、涙が込み上げそうになる。
それは心を洗った雫なのかもしれない。



関係のない人を巻き込んでしまった。彼には、何の罪もなかったのに。
だけどそんなことで躊躇はしない。誰かを巻き込む可能性は考慮に入れている。
その人には救済を与える。それが僕のやり方だ。
恨めしい相手を消させてやり、それでもし不利益をこうむりそうになるのであれば救済してやる。
前者が提供されている仕組まれたものであるのだと知られなければ、天使のようにもなれる。

「こんにちは、弁護士さん。」

「…こんにちは。」

「また、聖歌を聴きに?」

「ええ。」

そしてもう1人、天使のような人。
この人は天使とよく似ているのだろう。
だけど僕にとっては聖母の象徴。教会の子ども達の姉で会って、時には母である。
子どもたち誰しも、単純でない過程をたどってここへ辿り着いた経歴があるだろうが、ここで彼女と出会えたことは幸運に違いない。

「すみません、今日はこれで。」

「お仕事頑張ってくださいね。」

「ありがとうございます。」

仕事。それは救済を与えること。それが僕の仕事だ。
林さんのように、思惑通りに事が運び、望んだ復讐を遂げられたことを感謝する同士もいた。
対して、新谷さんのように、救っても、それでも自分を責め続ける人も居た。
殺人犯に仕立て上げた犯人が憎く、自分も許せないと。
価値観には個人差があるから、彼女にとっては許しがたい事だったのだろう。潔癖だったのかもしれない。
手を汚したことのない人間なんて居ないのに。
例えば信号無視を傍観するのと同じだ。心はどこも痛まない。何故ならその尺度が法律で裁けるか裁けないか、だからだ。
鞄からキーケースを取り出して家の鍵を開ける。
救済策を、実行に移さなければならない。



「成瀬、帰ってた…のか。」

帰宅して数時間。
仕事も粗方終わったので軽く飲んでいたところだった。
かけられた声に、まだ残っていた仕事を思い出す。

「あまりにもよく眠っていたので。」

熊田が舌打ちをする。
眠る気なんて更々なかったのだろう。

「帰る。」

「玩具が勝手に帰るわけがないでしょう。」

「なっ、にが玩具だ。ふざけんな。」

玩具、のような人。ただ、反抗的で、ちょっとだけ攻撃的。保守的な攻撃性だけれども。
帰ると言ったがしかし、ゲストルームから出た所から一歩も動かない。その足で玄関へ向かって、その手でドアを開ければ帰ることは出来るのに。
別に拘束しているわけじゃない。
壊れそうな、玩具。

「お前がやってることなんて、許される訳ないんだ。いつか絶対…」

「絶対?」

「誰がお前を罰さなくても、俺がお前を罰してやる。」

「…そうですか。」

人殺しのくせに、涼しい顔しやがって。とでも言いたいのだろうか。
いつもならそう言う彼は、今日はどこか諦めたような顔で言葉を詰まらせた。
珍しい。

「帰らないんですか。」

「かっ…」

「それとも、その気になるのを待っているんですか?」

「帰る!誰が好き好んでこんな場所に居るかよ!」

そう怒鳴って、熊田はさっさと部屋を出て行った。



罰するのが彼の役目でも、僕の役目は救済。
彼が僕を罰そうとするのと同じくらい、僕は彼を救おうとしている。
だけどその前に、もう少し遊んでも構わないだろう。
僕に対してしたことの償い。彼のしたことは全部許しているけど、口実には持ってこいだ。
メール一通で十分。適当な理由をつけて待ち合わせの約束を取り付けた。
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