MAIN3

横顔
1ページ/1ページ



「…ザキ」
「…沖田さん?」
「今の女、だれ」





屯所から出た地味な男は珍しく私服で、伸びて一束にした黒髪が揺れる。
その様子はその男、山崎の心情を表しているようだと沖田は思う。

「あー見ちゃいました?」

ふにゃりと顔を破綻し笑うそれは人好きのするもので。
益々沖田の怒りは増す。
いつの間にか、この目の前の人物はこんな顔でこんな事を言うようになってしまった。
まるでこいつの上司のようだ、と眉を寄せた。

「なんでもないですよ?」
「…なんでもないような奴とキスすんの?」
「キスぐらい」

好きじゃなくても出来るでしょ、と笑った顔は、沖田の好きなそれだ。
否、好きだったそれは、そんな耳を疑うような台詞と共に腹の底にずしりと沈んだ。


互いに非番だった日。
沖田と山崎は深い仲ではあったが特に予定を入れてはいなかった。
それは常ならなんだかんだと理由を付け共に時間を過ごすので特別な約束が必要ないから、というのが理由だ。
久しぶりの逢瀬を沖田は密かに楽しみにしていたのだが、山崎は部屋に来る事もなく出掛けてしまった。
思えば飯時もどこかおかしかったのだ。
表面上はいつも通りだったが、親しいからこそ分かる違和感がそこにはあった。
しかし確信があるわけではない、沖田は軽口を叩くぐらいしか出来ず、山崎が自室に戻るのを見届ける。
自室に入って間もなく屯所の玄関口まで向かうのを確認し、こっそりと後をつけていくと、見たことのない町の娘と待ち合わせしており仲睦まじい様子で喫茶店に入り談笑している。
潜入の仕事の関係か、とも思ったが、最近は一段落した所な為それはないだろうと。
そうなると沖田には皆目見当もつかない。
思えば真選組以外での山崎の事は全く知らなかった。
しかし沖田の事は本人が気付かない事まで山崎は熟知しており、それ故上司でもある沖田の古い友人達からも奪う事が出来この関係まで発展した。
外からぼんやりと眺めながらもこの方がよほどしっくりくるのではないかと思う。
相手の娘は華やかさはないものの、表情豊かで男の声に耳を傾け始終楽しそうな様子だ。
対する山崎も隠すことなく楽しそうに笑いながら話題を提供したり、相槌を打っている。
果たして自分といる時もこんな表情だったかと思い返しても浮かぶのは二つの表情だ。
一つは今も浮かべているような笑み、そしてもう一つは困ったように眉を寄せ口元を歪ませている顔。
後者の方が八割だと沖田は記憶している。
その意味が分かる為二人を妨害することなくこうして眺めているだけしかできなかった。

「それじゃあ」
「ええ、また」

喫茶店に入ってから2時間近く、正確には1時間48分経ち、二人は店から出て少し歩いた後、物陰で4分程談笑し口付けをして別れた。それで丁度5分だ。
いても立っても入られず山崎に歩み寄る、そして冒頭に繋がる。

「…沖田さん、俺はね、好きじゃなくてもキスだってその先だって出来る駄目な男なんですよ」
「…だから何でィ?」
「ただそれを知って欲しかっただけです。ごめんなさい」
「…何が、…いや、もう、いい」

沖田は一人で歩きだし、山崎は慌ててそれを追う。
その形はいつも通りで沖田の頭をまた混乱させた。

「沖田さん、でも俺が好きなのは沖田さんだけです」
「……」
「好きです」

そう言った顔は知っている顔で、先程までの事がなければ受け入れていた言葉だ。
しかし、もうどうしたら良いか分からなかった。
言葉共々捨ててしまいたいのに、そう易々と出来ないぐらいに沖田の中で山崎は住み着いてしまっている。
掴まれた腕も振り払ってしまいたかったが、そうして追って来なくなってしまう事が怖くて何も出来ずになすがまま。
他の誰より優先順位が上なら、

「お前は」
「はい」

俺をおいていかないよな、
その言葉は口をつくことはなかったが、いつの間にか横に並んで歩いていた山崎ははい、と確かに頷いた。


(貴方の傷付いた顔が見てみたかった)






******

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ