アビス小説

□九死の先に
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次に目覚めた時は、一面に広がる銀世界ではなく、ぱちぱちと暖炉で薪がはぜる暖かい部屋のベッドの上だった。

すぐそばには今にも泣きそうな妹のネフリーが居て、鼻を垂らしながら泣きじゃくるサフィールが居て、悪友の皇太子ピオニーが居て…そして

「何故あんな無茶をしたの?あなたらしくないわね、ジェイド…」

安堵と心配の表情の中に少しだけ悲しい色を浮かべたネビリム先生が居た。

あれから丸2日も眠っていたらしい。
あれだけの出血に加え吹雪に体温を奪われ瀕死の重体だったのだから生きているのが不思議なぐらいだ。

朧気に意識はあったものの、あの瀕死のさなかの出来事が果たして夢か現実かはわからなかったがこの体中の鈍い痛みと、みなの表情から見てどうやらここは俗にいうあの世
でも夢でもなければ現実で、自分は助かったようだ。

「お前、頭良いくせにこういう馬鹿な真似をよくしやがったな。見ろ!ネフリーの顔!お兄さんが心配だからって全然寝ないでずーっとついてたんだぞ!お前のせいで可愛いネ

フリーの瞳の下はクマだらけだ!」

ずっとイライラと不機嫌な顔をしていたピオニーは口を開くや否や、怒りは絶頂に達し親友に殴りかかる勢いだった。
怪我人でなければそれこそ渾身の力で殴りかかっていただろう。

「ジェイドぉごめんよ…ボクが止められてたらこんな…こんな怪我しなかったのに…っうわあぁぁ〜ん!!」

サフィールが泣き出すにつられ、それまでずっと堪えていたネフリーまでもが泣きじゃくり部屋中がわんわんと泣き声でこだまする。

「ねぇ…ジェイド。あなたにはこんなにも心配してくれる家族と友達がいるのよ。例え魔物でも、人間でも、どんな命もたった一つしかないの。みんな必死に生きているのよ

、 決して軽んじてはいけないわ…それだけは忘れないで。…さぁ、もう少し休みましょうか」

優しく髪を梳いてやると布団をかけ直し、ネビリムは微笑んだ。

ネビリムはずっと懸念していた。
幼くとも聡いこの子供が、命という生を軽んじ死というものを理解できていない事。
その結果が、今回の大怪我だ。

それは今回だけに留まらず、ゆくゆくはとりかえしのつかない過ちをいつか犯してしまう気がしてならなかった。

それでも

(これでみんなが心配した意味をあの子が気が付いてくれると良いのだけどね…)


この憂いをいつか晴らしてくれる事を信じ、ネビリムは泣きじゃくる子供達をなだめながら部屋を後にした。






しかし結局、ネビリムの憂いは晴れぬまま、その生涯を閉じた。
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