緋語り
□兄とボク(仮)
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ふわりと何かが掛けられ、ボクはゆっくりと少し腫れぼったい瞼を持ち上げる。
ボクの横には矢張り瞼を赤く腫れさせた王子がいつもと変わらず、いびきをかいて寝ている。
昨晩、やっとのことで王子に自分の決意を言えたボクは変わらない風景に1つ吐息を零す。
「済まない。起こしてしまったか…」
小さく呟かれた謝罪の言葉に首を巡らせると迷彩柄のマスクの人物と目が合い、ボクは姿勢を正した。
そんなボクの様子に困ったように目を細めた彼は、彼の弟に持っていた毛布をそっと掛けてやり、邪魔したと再びボクに謝罪して小屋の外へと消える。
ボクに掛けられた毛布もきっと彼が施してくれた物だと思ったら、ボクは無意識に彼の姿を追っていた。
「ーアタル様っ!!」
ボクと彼とのコンパスの差は長い。どんどん離れていく彼の背にボクは精一杯、手を伸ばす。
ガクンとボクがよろめくと彼はわざわざ引き返して、ボクを支え、ホッと息を吐き出した。
「ミート、大丈夫か?」
「あっ、ありがとうございます」
ボクを支える腕も心配そうに覗く瞳も王子によく似ている。彼の持つ雰囲気もどことなく王子とそっくりだ。
彼はボクの体勢を戻し、その場で腰を下ろして視線の高さをボクに合わせ、何故だかボクの頭を撫で始める。
「あ、の?」
「スグルの傍に居てくれてありがとう。スグルを兄と慕ってくれてありがとう。小さな体に色々、無理をさせて、済まない…」
ボクの頭を撫でる彼の手が振るえ、微かに瞳が揺れている。自分が家を飛び出した事を悔いているのだろうか。
「王子と出会わせてくれて、ありがとうございます」
彼の心を少しでも軽く出来ればいいとボクは笑う。この笑みは偽りなんかじゃない。本心だと彼も分かったようで、目を見開いた後、優しく瞳を細ませ微笑んだ。
「スグルには出来過ぎた弟だな、君は」
「ボクもそう思います。だけど…」
ボクは今日、王子の傍を離れ、彼は今日から王子の傍に居る事になるのだ。
彼とボクの立ち位置が代わる。きっと本来、在るべき立ち位置に。それはボクにとって淋しい事ではあるのだけれど、王子にとって良い事だと思う。
「…王子を、スグル様を支えてあげて下さい」
「勿論だとも」
ボクは超人保存装置に入るからと彼に王子を託すと彼は力強く頷いた。
「ところでアタル様…」
告げたい事は伝えたし、王子の元へ戻ろうとしたけれど、彼はボクの頭を撫でるのを止めようとしないので声をかけてみる。
「どうかしたかい?」
「いつまで頭を撫でているおつもりですか?」
彼のマスクから覗く瞳を窺い見れば、彼の眼はなんとなく愉しげだ。
「君はスグルの弟なのだろう?ならば、私の弟でもある訳だから少ない時間で甘やかそうかと思ったのだが他に方法が分からないので撫でてみたのだが…」
イヤだったかとボクの頭を撫でるのを止めた彼は肩を落とす。王子と同じで不器用なのだと分かり、ボクは背伸びして彼の頭を撫でてみる。
「…フフ。スグルの頭も撫でたのかい?」
「内緒ですが何度も」
クククと2人して目を合わせ笑いあっていると王子のボクを呼ぶ声が聞こえ、ボク達は笑いを堪える。
「今度、スグルの話を聞かせてくれ」
「では、アタル兄さんも長生きして下さいね」
心得たと手を振り去る彼の背中に一礼して、ボクは王子の待つ小屋へと戻った。
[完]
2010,10,31