The Time

□Y.黄泉の客
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1.〜ヒラヤマドオリ〜

 それはまだ病室でデースたちが談話していた時のこと。場所は平山通り。昔ながらの商店街が立ち並ぶそこは、夕日に真っ赤に染まっていた。秋良は一人待ち合わせ場所の店の前で暇を持て余していた。

「早く来すぎた……」

 考え事をしていたら、逆に集合時間より30分も早く着いてしまった。

「秋良やない? どないしたん?」

 後ろからの声に振り向いたら、そこにいたのはクラスメートのお調子者の金髪野郎、戸波みむだった。

「みむ? お前こそ、家こっちじゃないくせになんでここにいるんだ?」

 裕二の眉間にしわがよる。

「俺か? 俺は、肝試ししいひんかって裕二に言われてここに来たんやで」

「裕二に…?」

「せや」

 こころなしかみむは胸を張って答えた。それに、秋良は盛大にため息を吐いた。

「で、秋良の方は?」

「あいつ、俺に一言も言わずに……」

 一瞬裕二のにんまり顔が頭をよぎった。
「ん?」

「いや、なんでもない。こっちの話。俺も裕二に肝試し誘われたんだよ」

「ほんまか! にしても、他の子ら遅いんやない? もう、待ち合わせから30分過ぎとるやん」

「は? まだ待ち合わせまで30分あるだろ」

「…は?」

「だから、あと30分経たないとみんな来ないって…」

「なんつうこっちゃ…また、裕二にだまされたわー!! あいつめー!!」

 みむは頭を抱えて叫ぶ。周りの買い物帰りのおばさん達が痛い目で見てくることなどお構いなしだ。秋良は必死にそっぽを向き他人のふりをした。

 あれから、20分はたった。太陽は切れ端が地平線から見えるか否かまでになって、夕日のせいで明るかった商店街も少し暗くなった。

「なあ、ほんまに今日ここであっとるん?」

「…あってるはずだよ。平山通りで幽霊が出たらしいって裕二自身が騒いでたから」

「え…? ここなん!?」

「だから、そう言って…」

「ほんまにここで出たん!?」

 言葉を遮られたことに眉間にしわをよせつつ、みむの顔をのぞくとみむの顔は真っ青だった。

「なんだよ、怖いのか?」

 みむのあまりのビビりように不謹慎だが、秋良は笑いがこみあげてきた。

「こ、怖くねぇ!!」

 秋良は思わずふきだした。

「わ、笑うな!」

「てか、関西弁消えてる」

「う、うるさい! こっちは本気で…!」

「ああ、本気で怖がってるな」

「ち、ちがっ…!」

 次の瞬間みむはカチンと固まった。

「はいはい。怖かったら、帰ってもいいから」

「あ、あ、…あ、あき、あき……う、う、うし…」

「はあ? 何言ってるんだよ?」

 秋良は呆れながらもみむの尋常でない挙動に不安を感じ始めた。

「秋良!! 後ろ!!」

 目の前で叫ばれて、びっくりしたと同時に嫌な予感がした。急に鳴りはじめた心臓を無視して、秋良はゆっくりと振り向いた。確かにそこには何かがいた。ただし、それはただの子供。一人の幼い男の子がなぜか目に涙をためてこちらを見ていた。

「え?」

 拍子抜けした。

「なんだよ、ただの子供じゃないか!」秋良は、そう言ってみむに軽く平手でもかましてやろうかと思った。そう思ったが、少し、そうほんの少しだけ気になってもう一度子供の方を見返した。秋良はそれを後悔した。

「足が……ない…?」

 全身の毛が逆立った。息が出来なかった。

「お兄ちゃん。僕のママとパパ、知らない?」

 叫びだして、逃げ出したかった。それでも、秋良はそうしなかった。いや、できなかったのか。しかし、不思議と秋良の脳は秋良自身が考えているよりも、冷静であった。みむが静かすぎる。

「みむ…?」

 秋良は視線の脇で足のない子供をとらえつつ、みむに振り返った。

「はあ、はあ…、うぅ……っ……くっ」

「みむ!?」

 いつものおちゃらけた調子とも先ほどの恐怖の顔とも違った、蒼白な、ひどく苦しそうな顔をしたみむがいた。

「おい、大丈夫かよ!?」

 幽霊のことなんて頭から吹っ飛んでしまった。秋良はしゃがみこんでしまったみむの背中をさすってやった。

「ご、ごめ…はぁ……ちょっと……いきっ…うぅ…」

「つらいならしゃべるな! 訳は後で聞くから!」

 秋良はなだめながらゆっくりとみむに深呼吸を促した。

「……くっ……はぁ……すー、はー…はあ、はあ…すー、はー…」

 数分後みむが落ち着いたころには幽霊はすっかり消えていた。

「ほんま、ありがとう! 俺、あれや、怖すぎて過呼吸になっただけやから…その、悪かった…」

 みむの声は微かにふるえていて、雰囲気まで違って見えた。だから、秋良はみむがみむではないような、変な感覚に戸惑っていた。

「みむ?」

「大丈夫…大丈夫やけど、俺、今日はもう帰るわ。裕二と、あと、ろりんちゃんにもよろしゅうな!」

「な!」

 秋良が次の言葉を発する前に、みむは全速力で駆けて行ってしまった。秋良が状況を把握できないでいるうちに、みむは商店街の角を曲がったところで立ち止まった。みむの影が妙にゆらいで見える。

「あいつ、どうし…」

 思わず目を見開いてしまった。地に映ったみむの影が、徐々に形を変えてゆく…。息をのんだ。その時だ。

トン

 誰かが秋良の肩をたたいた。

「うわぁああ!!!」

「のわぁあ!?」

 肩をたたいたのは裕二であった。しかし、秋良はあまりのことに腰が抜けてしまい、地面にへたりと座り込んでしまった。まだ心臓はうるさく音を立てている。裕二は目を丸くして秋良を凝視していた。

「秋良、どうしたんだよ? 驚かしてやろうとしたこっちがびっくりさせられちゃったじゃん」

「悪い。なんでも、ない」

 言いつつも起き上り、例の曲がり角を振り返った。裕二もつられてそちらを見た。しかし、そこには暗い闇があるだけだった。

「本当にどうかしたの?」

「いや、なんでもない。それよりも、裕二、今日の肝試しだけど…」

「ああ! そうそう、そのことなんだけど…女の子たちが来られなくなって男軍団だけになっちゃったんだけど、やりたい?」

 裕二は苦笑いだった。もちろん、秋良は安堵しながら首を横に振った。

 

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