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□粉、羽、生まれ
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「これはお前にやるから暫く暇でも潰してろ。」
ボサッ
間抜けな音をたててゴミの山に落下した札束。呆然とするマットを尻目に、俺は奴の反対側のソファに腰を降ろした。
マットは金に手を伸ばすこともせず、半ば呆れたように俺を見た。
「・・・まだ動かないのか?」
「今そう言っただろう。」
「うーん、正直待ちくたびれた。」
「文句を言うな。約束の報酬は払ってやってるんだ。いざという時に役にたたないんじゃ困る。その時は覚悟しておくんだな。」
ゴーグルの向こうにある黒い瞳を睨んだ。
「はいはい。まだここにいるんだろ?コーヒーは?」
脅したつもりだったが軽く流されてしまった。マットはそういう奴だ。相手の冗談と本気を簡単に区別しない。適当にかわして終わる。
「・・・いる。」
マフィアからこっちに戻って来て、眠る必要がない時は大抵コーヒーを飲んで時間を潰す。
マットがキッチンでお湯を沸かす間に俺は一旦部屋を出た。
薄暗い廊下に出ると、壁際は両側とも、埃を被った大小様々な機材が並べられていて、通路は狭い。さらに奥の部屋へ行くのを阻むように何日分もの新聞が積み上げられている。マットにとらせておいたものだ。
キラが絡んだ事件を見逃さない為にも、あらゆる情報が必要だった。俺は一番上に重ねてあった地域紙を手に取った。
テーブルに踵をのせると、パラパラとポテトチップスが何枚か床に落ちた。改めて眺めてみると、テーブルもそうだが床も汚い。物が多いだけじゃない。座るソファには粉砕したお菓子の粉が散らばっている。ソファに触れた手がざらついた。
なんて無秩序なんだ。こんな所に住む奴の気が知れない。
正面に、キッチンでお湯が沸くのを待つマットの背中が見えた。
アメリカへ来て再会したマットは、幼い頃に抱いていた印象から大分変わっていた。身長も伸びたし、髪も幾分赤みが増した気がする。ゴーグルだってかけていなかった。
そして見かけ以上に中身が変化していた。というより壊れていた。
今のマットは部屋は散らかし放題だし、コンピューターに依存しているし、用が無い限り1日のほとんどを部屋に引きこもって過ごしている。
昔は苛立てば俺をいじめたりしていたものだが、今じゃ感情的になることもない。
俺がキラ事件の捜査協力を依頼したときに提示してきた交換条件でさえ、恐らく本心ではない。金をくれてみたところで、マットは少しの興味も示さないのだ。
ただ俺に言われた通りに、動く。
へらへらしているわけでもない。
かと言って、与えられた仕事に熱心なわけでもない。
平たくいえば、
腹が読めない。
そういう存在が側にいるのは危険だ。普通なら避けるだろう。いつ裏切りが発生するか解らない。腹の底で何を考えているか読めないからだ。
しかし
裏切られて困るほどの信頼関係を、果たして俺は奴と築いた覚えなどあったか。俺はマットを利用しているに過ぎない。金を使って。
これは友達とは言わない。
仲間でもない。
同志ではないから。
俺がマットと再会したとき、奴は『生きるのに飽きた。』と言った。
これは奴にとってのゲームでしかないんだ。
こんな二人の間に何かが生まれるわけがない。
新聞を片手に、なんとなくソファにこぼれた粉を見ていた。
「・・・・・。」
粉にまみれて何か落ちている。
初めは薄く透けるそれを、セロファンか何かだと思った。
しかしよく見ると形を成している。線が幾筋ものびて模様を作っている。
羽。
虫の羽。
小さな羽虫の躰から剥がれ落ちたもの。
羽虫の命が生を絶たれた証拠。
俺は、この無秩序な部屋のように、マットの心も理解できないのだろう。疑ってるようなもんだ。
こんな場所で、
何かが生まれるはずがない。
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