TOA 〜突き進め、我が道を!〜
□五話 真っ赤な噂
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頭部に受けた衝撃で目が覚めた。
「ん…あれ……?」
仰向けのまま重い瞼を擦り、ボヤける焦点を真上に合わす。シンクが呆れ顔で俺を見下ろしていた。状況から察するに、シンクに蹴り起こされたらしい。
「……あ。ふて寝したんだったな、そういえば」
潮風で寝冷えしてしまった体は少し不調気味。タルタロスの中で寝ればよかった。
立ち上がって大きくあくびをし、辺りを見回す。どうやら既に目的地に到着したようで、皆は荷物を持ってタルタロスから降りる準備をしている。
「んっと……ローテルロー橋だったか……」
タルタロスはかつては巨大な橋だった物の残骸に横付けされていた。直接グランコクマに行くと思っていたが、シンクが言うには戦争に備えて既に町自体が要塞化しているので海からは入れないとのこと。
「まあ、俺等からすれば好都合か」
グランコクマまで行くより、ここからの方が動き易い。シンクもそう思って俺を起こさなかったのだろう。
船内に入り荷物をまとめて、外にでる準備をする。ふと、窓からローテルロー橋が見えた。
俺はそれをぼんやりと見ながら、屋敷から飛ばされたばかりのことを思い出す。
タタル峡谷を抜けて、ローテルロー橋を渡った。何も知らない、何もわからない、屋敷の外の世界を見たことがなかった俺は、この巨大な橋に大いに感動した。それからも色々あり、見るもの見るものに感動し恐怖し共感し、そして嫌悪して、俺は少しだが『世界』を知った。
「…………さてと、さっさとヴァン師匠とスコアをシバいて――ついでに世界でも救ってみようじゃねえか」
狭かった俺の世界はもうない。今は『ここ』だけが、皆が生きている世界が、俺の世界なのだ。その世界の一部を壊してしまったのだから、その分はしっかりと働こう。
「まずは戦争の防止――目的地はバチカルだ」
*
街の中心に位置する大樹が、絶えることなく清涼な空気をつくり続ける。恵まれた地で育った草花は一面に広がり、街に彩りを与える。自然と共存する町、セントビナー。
「あー……やっぱりここの空気は最高だ。癒される……」
アリエッタと魔物達は草花の絨毯の上でくつろぎ、シンクはあくびをしながら寝転んでいる。
そして俺は空を見上げて現実逃避をしていた。
遠くの方で意味不明な怪しい呪文と奇声が聞こえるのは俺の気のせいであってくれ。本気で。
そもそも、だ。
始まりからして失敗してしまったのだろう。
鬱になりながらもタルタロスで皆と別れた時からのことを思い出すと……更に鬱になりました。
*
「じゃあな、みんな。最後に一つ言っとくが、お前達は今日誰にも会わなかった。ルーク・フォン・ファブレのレプリカと六神将なんてもっての他だ。オーケー?」
「どういう意味ですの?」
お願いとは程遠い命令口調で告げた言葉に、ナタリアが疑問の声を上げる。
「私達が貴方と会ったことに、何か不都合がありまして?」
「俺に不都合はないけど、お前達は今日俺に会ってないってことにしとけ」
ジェイドに視線を送り、フォローを頼む。ジェイドならば俺が何をするつもりか予想がついているだろう。
「わかりました。私達は今日貴方と会っていない。皆さんもそれでよろしいですね?」
「サ、サー、イエス、サー……!」
ジェイドにギラリと一睨みされて、皆は一斉に敬礼する。……ああいう大人にはなりたくない。
「何か失礼なことを考えているようですが、まあそれは置いておきましょう」
訂正。こいつは既に人間じゃねえ。
当然のことを考える俺に、ジェイドは「相変わらず失礼な人ですねえ」とぼやきながら、懐から取り出した手紙を手渡す。
ジェイドの名前が書かれただけのシンプルな手紙だ。印章さえも押されていない。
「マクガヴァン元帥宛てです。すみませんが、バチカルに行く前にお使いを頼まれて下さい。その手紙には外郭大地の崩落、セントビナーからの撤退の可能性がある、と言うようなことが書いてあります。それと貴方達を手助けしてもらえるように書き添えておきました。お使いのご褒美だと思って下さい。バチカルで何をするつもりかは知りませんし、私達も知らない方がよいでしょうが、何をするにしても下準備は必要でしょうしねえ」
悪い話ではないでしょう? と怪しく笑うジェイド。いや、別に普段と同じ笑顔だが、ジェイドの笑顔は全て怪しいのだから仕方ない。
「手助けって、どの位までだ?」
「両国の法に触れなければ問題ありません」
国際的な問題になるようなこと以外ならばいいと。……中々都合のいい話だ。
俺もジェイドに倣い、怪しげな笑みを浮かべてシンクとアリエッタを見る。