TOA 〜突き進め、我が道を!〜
□三話 命の取引
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やっとこさ食事が終わった時には、俺の体はズタボロだった。
アリエッタの譜術とライガの復讐、便乗したシンクの悪戯。それらを一身に受けた俺の気分は既にブルー。リグレットは我関せずと一人で黙々と食事を進めるだけで、俺に加勢する気など皆無だった。
「ルーク、お前は私に言ったな。アリエッタはもう子供ではないと」
ライガと戯れるアリエッタを横目に、リグレットは食後のお茶をずずーっと飲む。
「…………前言撤回って言いたいが、荒れるのは最初だけだと思うぜ。心配いらねえよ……多分な」
無責任な言葉だとは思うが仕方ない。俺は既に瀕死寸前なのだから。
「直球でいいと思うぜ」
「野蛮な貴様ならそれでいいが、アリエッタは繊細だ」
俺のアドバイスを速攻で切り捨て、ついでとばかりに机に突っ伏す俺にグミを投げつける。不覚にも涙が出た。少し前のゴミ扱いからすれば、なんたる進歩。だってグミだぞ、グミ。
「アリエッタ、来なさい。導士イオンについて伝えることがある」
「イオン様!?」
表情を一変させたアリエッタを、リグレットは自分の横に座らせる。優しく彼女の頭を撫で、リグレットはゆっくりと語りかける。
「……アリエッタ、お前はどうして導士守護役から外されたと思っている?」
リグレットの姿に、かつて“母上”と呼んでいた人の影を見た気がした。気分が沈みかけたが、今はアリエッタだ。そっと溜め息をつき、アリエッタに目を向けると、彼女は瞳を潤ませていた。
「……アニスが、イオン様を取ったから」
「違う。良く聞くんだ…………」
アリエッタの悲しみの表情を見てリグレットは言葉に詰まる。困ったように俺をじっと見つめ、必死にアイコンタクトを送ろうとする。しかし俺には伝わらない。
「……リグレット、何で? 何でイオン様は、アリエッタをすてたの……?」
アリエッタの瞳に涙が浮かび出す。困った表情は消え去り、リグレットは俺に殺気を含んだ視線を送りつける。
すまん。
俺は口パクで伝えた。まさか本題に入る前から泣くとは……リグレットに殺されたらどうしよ。
どうにかしろ。責任を取れ。撃つぞ。
顎でアリエッタを示し、銃をちらつかせる彼女。俺にどうしろっつんだ。
「直球は……不可能だ、俺には無理だ」
「当然だ、野蛮人」
「こういう場合、どう伝えればいいんだ……」
「…………」
アリエッタの反応にリグレットも焦っているのか、まったく言葉が出てこない様子。
俺の中の彼女のイメージ、冷静沈着絶対零度超冷血漢がどんどん氷解していくのを感じる。……とか考えている俺も何と言っていいのやら。要は現実逃避だったりするのだ。
「……まったく、見てられないね」
傍観を決め込んでいたシンクが盛大に溜め息をつき、俺とリグレットを半眼で見やる。
「僕にも関係あることだし、僕が話すよ。あんた達役立たずは邪魔しないで静かに見てるんだね」
言い返すこともできず、すごすごと引っ込む俺達。情けねえ。
先ほどから疑問符と涙しか浮かべていないアリエッタに、リグレットと場所を入れ換えたシンクはみじんも緊張を感じさせずに話しかける。
「いいかい、アリエッタ? 本物の導士イオンは二年前に死んだ。今の導士イオンはレプリカだ」
な、こいつ、気遣いも何もあったもんじゃねえ!
「……え? イオン様が……死んだ? シンク、何言ってる――」
「黙って最後まで聞きなよ。導師イオンが死んで、レプリカと入れ替わった。その事実の漏洩を防ぐために、アリエッタは導士守護役から解任された」
「……うそ、そんなのうそだもんっ! イオン様は死んでない……!」
顔を涙でぐしゃぐしゃにして泣き叫ぶアリエッタに、シンクは淡々と繰り返す。
「何度でも言うよ――アリエッタが知っているイオンは死んだ。あんたも薄々気付いてたんでしょ、イオンは別人だって」
「――……っ!」
「だと思ったよ。僕はオリジナルを見たことはないけど、今のイオンとじゃあ雰囲気ががかなり違うって噂はよく聞いたからね」
当然だろう。例えいくら外見が一緒でも、例えいくら性格を真似してみても、完全に成り代わることなんて不可能なのだから。オリジナルイオンの一番近くにいたアリエッタが、距離をおかされたとは言え、疑問を抱かないはずがない。
「さて、と。到底、僕の言葉だけで信じるなんて出来ないだろうし……イオンのレプリカが存在している証拠を見せてあげるよ」
「……しょう…こ?」