TOA 〜突き進め、我が道を!〜
□十二話 最後の休息
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太陽が憎い。人波がうざい。喧騒は邪魔。お前ら喋るな歩くないますぐ帰れ。
頭を埋め尽す罵倒の嵐。
俺はいま、すこぶる機嫌が悪かった。
「みんなでお買い物……アリエッタ、嬉しいです」
とことこと俺達の前を元気一杯に歩くアリエッタがちょっと憎い。
「アリエッタ、はしゃぐのはいいけど見えるとこにいて。迷子になられたら……ああ、やっぱり迷子になって保護されてて。覚えてたら迎えに行くから。じゃあねバイバイさようなら」
同じくかなり機嫌が悪いシンクが手の甲を向けてアリエッタにふる。そんなシンクにアリエッタは泣きそうになりながら、それでも素直に大人しく道を戻ってくる。
だがバチカルの大通り、市場が開始されたばかりなので仕入れにきた商人や店の使いで溢れていて、アリエッタは簡単に人波にのまれそうになっていた。
「あっ……ちょっ、ダメです、アリエッタは向こうに……シンクー、シンクー」
「…………」
「…………」
「…………ちっ」
誰も動かないと悟り、シンクは涙声のアリエッタをかったるそうに救出に向かった。
眠い。とにかく眠い。
髪を隠すためにかぶっているフードつきの外套が本気でうざいし、それよりも眠い。
完全に寝不足だった。
しかし残念なことに時間は無限ではなく有限なのだから有効に使わなければ無駄になる。
半分寝ぼけていて何考えてるのか自分でもほとんどわかってないという意味わからん状態だが、それでも俺達は明日に備えて装備を整えなければならないから買い物にきたのだが……全力で帰って寝たい。買い物なんて昼からでもいい気がしてきた。
そもそも何でこんな眠たいかと言うと、昨日の夕食……宴会が真夜中過ぎまで約六時間ぶっ通しであった上に、それから明け方まで(元)俺の部屋で色々と話し合っていたせいだ。途中で寝たアリエッタ以外はもうグロッキー状態。
あんな異常なテンションで今日からの作戦たててたのは、というかあの時間から超重要な話し合い始めるという暴挙に出たのは絶対にアルコールのせいだと確信している。
酒なんてもう嫌いだ。
つーか中途半端に寝るんじゃなかった。
「ルーク、そこの馬鹿さっさと連れてきて。僕はこっちの馬鹿だけで限界だから」
「アリエッタ馬鹿じゃないもんっ!」
アリエッタの腕を掴んだシンクが何か言ってるが、いまいち良く聞こえない。
一日の内最も込むのが早朝だから仕方はないが、もう少しすれば仕入れに来た奴らも帰っていくだろう。
それにしてもシンクのやつ、意外と元気だ。昨日結構飲んでたのに……どこかの誰かとは大違いだ。
「ん? ああ……さっきのリグレットのことか」
シンクの伝えたかったことに思い当たり、さっきから一言も話してないリグレットを振り返って見る。
「…………む?」
何時もは凛々しく釣り上がっている目が今は眠たそうに緩んでいて、瞳もどこかとろんとしている。
危なげな足取りで歩きながら、こちらを無垢に見つめ返してくるリグレット。
だが俺は騙されない。
一度しっかり目を覚まさせようと背中を叩こうとしたら、目にも止まらない速さで銃口を突きつけられたのだ。
軍人の性か、そういう反応が脊椎反射のレベルで染み付いているらしい。
そういうわけで俺は寝惚けたリグレットから距離を保ちつつ声をかける。
「眠いのは十二分にわかるけど、面倒だからしっかり歩いてくれよ」
「…………了解です、閣下」
「――――っ……」
眠くて完全に理性が働いてないせいか、リグレットの言葉で一瞬胸にドス黒いものが走る。あのふぬけた少し幸せそうに緩んだ面を潰してやりたい衝動にかられる。
「寝惚けてんのは分かるしヴァンのこと考えんのはお前の自由だし俺には全く関係ないからいいけど――俺とあいつを間違えることだけはするな」
覆水盆に帰らず。ついつい感情的になってしまい、気づいた時にはもう遅かった。
こうも簡単に怒ってたら、勝てる戦いも勝てなくなっちまう。もっと俺はこう、クールにいかないと。それこそ人間味のない、ただただ目的を達成するためだけの機械のように。
今回ばかりは――あと少し、俺の役割が終わるまでは、流石に開き直って妥協しちまうわけにはいかないのだ。
「喧嘩はいけねえぞ、そこのお客さん」
と、すぐ横にあった露店のおじさんが声をかけてきた。流石商人だけあって耳聡く目聡い。
「仲直りの印しににうちの商品なんてどうだ? いいもん揃ってるぞ」
仲直りも何も、本気で寝惚けてるリグレットは多分何にもわかってないし、俺ももう怒ってない。