無題

□ゴマ
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ゴマの星



寒いある日――

ぼくは、残り少ない冬休みに思いを馳せながら、こたつでみかんを食べていた。
「おかあさーん!ティッシュー」
「そのくらい自分で取りなさい」
この時期はどうしても怠けてしまう。
だって、寒いからこたつに入っていたいじゃないか。
ぼくは仏頂面をつくって、渋々こたつを出た。

「さむいー、さむいー」
意味も無くそう繰り返しながら、ぼくはティッシュ箱を探す。
ぐるりと部屋を見渡しても、どこにもティッシュは見当たらない。
「おかーさーん。ティッシュはー?」
台所に行くと、お母さんはキャベツを刻んでいた。
「部屋に無かったの?」
「うん」
「じゃあ仏間にあるから持ってきなさい」
「えー」
仏間は寒いのだ。抗議の声を上げるとお母さんの眉がちょっとつりあがった。
「はーい…」
慌てて仏間に入ると、そこは居間のこたつとは雲泥の差。障子ごしに、外から夕方の青白い光がもや〜っと光っていてちょっと不気味だ。
電気のスイッチの下にある温度計を見ると、気温は1℃。それほど部屋は広くないのに、小学校の体育館とおんなじ位の寒さだ。

ティッシュはどこかと探していると、畳の床に何かが点々と落ちていた。
しゃがみ込んで見ると、それはゴマだった。
何でこんなところにゴマがあるんだろう?
つまんでみるとそれはすぐに粉々になってしまった。
「おかーさーん!ゴマがあるよー」
「何!?ティッシュはどうしたの?」
何となく、崩れてしまったゴマの匂いを嗅いでみながら言うと、お母さんの不機嫌な声が返ってきた。

よく見るとゴマは仏壇へと続いている。
「……」
ぼくはちょっぴり怖くなって、側にあったティッシュの5箱入りの袋ごと引っつかんで、仏間から飛び出した。



夕ご飯はコロッケだった。さくさくでおいしい。
「おかあさん。さっき仏間にゴマが落ちてたんだよ!」
ぼくがちょっと興奮気味に言うと、お母さんはへえ〜と言って相手にしてくれなかった。
「あんなところにあるわけないでしょう?」
「でも、あったよ!」
ぼくは立ち上がってお母さんを引っぱった。
「ご飯中はちゃんと座ってなさい!」
お母さんは怒ったけれど、ぼくが本当にあったと主張するとふう、と息を吐いて、ぼくと一緒に仏間に入った。

「何にも無いわよ。俊介の見間違いよぉ」
お母さんが呆れた風に言ったので、ちょっと泣きそうになった。
「…ほんとにあったんだもん……」
ぼくがしゅんとすると、お母さんは優しい顔になって信じるわ、と言った。でも、きっと本当には信じてない。絶対にそうだ。

だって、仏間にはゴマなんてあった跡も、なんにも無くなってたんだ。



その夜―――

隣でお母さんが寝ている。
起こさないようにそうっと起き上がった。
結局お母さんは信じてくれなかったみたいだ。あきれてるときの癖で、目をパチパチさせてたから。

畳の上を音を立てないように歩く。
何だか忍者になったみたいだ。
ゆっくり、ゆっくり、忍び足。
戸に手をかけて部屋を出ると、一瞬カサッという音がした。
ぼくはびくっとして左右をきょろきょろと見た。暗くていまいち分からなかったけど、家具の位置は分かる。
ぼくは仏間に向かった。

仏間に恐る恐る入ると、耳元でキーンという音がし始めた。静かになると鳴ることがあるやつだ。
空気がひんやりしている。ぼくは一歩すすんだ。

カササッ

カサカサ

カササッ

仏壇の戸の隙間から、粒がぴょこぴょこと飛び出てきた。
「あっ」
ぼくは思わず小さく叫んだ。
「ゴマだ!」
今度は間違いない。ゴマが動いてる!
ゴマはまだまだ出てくる。畳の上に、どんどんゴマがたまっていく。

ぼくは思い切って仏壇の扉を開けてみる事にした。
そっと手を伸ばして、一気に開けた。

『――――――』
キーンという音が強くなった気がした。
けれどそんなことよりも、ぼくは目の前のものにびっくりした。
お仏壇のお供え物をする台の下から、きらきら光る色んな色のゴマがあふれ出している。
それらはもぞもぞと動き出し、ぴょんぴょん飛び跳ねて畳に落ちていく。途中で、色が変わって普通のゴマになる。

「うわあ」
ぼくが今度はさっきよりは大きい声で言った。
するとゴマの動きがピタリと止まった。
「うわわわわわわ」
次の瞬間、ピカーっと仏壇が光って、前が見えなくなってしまった。
一秒ぐらいだったけど、まぶしすぎてしばらくなにも見えなかった。

気がつくとぼくは、宇宙みたいなところにいた。






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