無題

□なつ
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目を覚ますと、誰かが覗き込んでいた。

「ふむ」

灰色の丸い顔には尖った鼻と小さな目がついていた。
ぼくの顔を凝視してくる。

「ははあ」

「だ、誰・・・」

「ワシは茂作と云う者で」

「モサク?」

「いかにも。ぬしは何と云うのだい」

「え、と・・・想といいます」

「ほお。良い名前だね」

「あ、ありがとう」



モサクさんに対してどんな態度を取るべきか困った。


「ところでワシは人を探しているのだが、見つからないのだ」

おもむろに言う。

「ソウは知らないかい」

「どんな人ですか?」

「ワシより大きい」

「はあ」

ぼくより小さなモサクさんに大きいと言われても、範囲が広すぎる。

「他に何か特徴は?」

「眼鏡を掛けている」

「それだけじゃ、わかんないです。名前とか・・・」

「名前はシゲと云う」

「シゲ?」

モサクさんはコクンと頷いた。

「ソウはシゲを知らないか」

「シゲ・・・・・・」

シゲという名前で知っているのは、ひとりしかいない。

「ぼくのじいちゃんが茂って名前です」

そう言うと、モサクさんが目を細めた。笑ったらしい。


「そうか、そうか。では行こう。ソウ、案内しておくれ」

「まだ、じいちゃんって決まったわけじゃ・・・」

「いやいや。間違いないぞ。それにシゲとソウはよく似ておるよ」

嬉しそうに言うモサクさんを見て、ぼくは複雑な気持ちになった。


「さあ、行こう」

モサクさんがぼくの手を引いた。
意外にもぼくより大きな手。長い指は四本しかなかった。
乾燥してかさかさのその手が記憶の隅っこに引っかかった。
なんだか安心する。





「モサクさん」

すこしためらって、ぼくは言う。

「じいちゃんはいません」

モサクさんが振り返った。
ちいさな目が何度も瞬きする。
驚いたような仕草に、なんだか目の奥が熱くなった。


「7年前に、亡くなったよ」


モサクさんはしばらくぼくをじっと見ていた。
やがて言った。

「やれ、なかなかどこにもいないと思いきや。居なくなってしまったのだね」

そうしてモサクさんはふわりと笑った。

「いやいや。そう云うことならば仕方がない。シゲはきっといい祖父だっただろう」


「・・・・・・はい」


実のところ、じいちゃんのことをよく思い出せなかった。
ぼくにとっては遠い昔のことになってしまった。


「ソウ。ありがとう」



ふ。


片手を挙げてモサクさんは言った。


「”昼流星を希う”。ワシの好きな詩の一節だよ。覚えていておくれ。
シゲとは幾度も会えなかった。残念なことだ。
しかし、今日ソウに出会えた。嬉しいことだ。
夏はワシにとっての会うときで。だから忘れないでおくれ。ワシはソウに再び会えることを希っているよ」


モサクさんの姿が見えなくなった。
ぼくは暫くぼうっと立っていた。







モサクさんはじいちゃんとどう知り合ったのだろう。
じいちゃんは、モサクさんに会いたがっていただろうか。



ぼくの記憶にじいちゃんはまだ住んでいるだろうか。




椅子を見ると読みかけの文庫本に何かが挟まっていた。
シンプルな灰色の栞。

そこを開くと、一節の詩があった。






乾いた夏には

雲なき青の 先を見る

わたしは見ようとしている

夜には見えないもの

そうして 瞳を閉じ

昼流星を 希う









来年の夏休み。
また会えるだろうか。

その存在を見つけられるだろうか。
昼間の流星は見つかりにくいだろうな。

だからぼくも希おう。





















希う(こいねがう)・・・強く願うこと


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