(無自覚次→浦)


好き、嫌い、好き、嫌い、好き

「…嫌い」

ぷちぷちと千切った花びらの最後の一枚がはらりと指先から零れ落ちる。
花びらが一枚も付いていない哀れな茎の姿に、小さく溜め息が漏れた。


『散った花の数だけ』


友人の誰もが口々に、今日は委員会が、掃除当番がと言うものだから、一人何も予定のない俺は宛もなく校内を彷徨いていた。
いつの間にか辿り着いた野原で、一休みするかと腰を下ろす。
さわさわと心地良い風を浴びながら、のんびり昼寝もいいかと思って寝転んだ視界の端。
微かに黄色が揺らめいたのが見えて視線を移せば、緑に囲まれた中にぽつんと一つ、黄色い花が咲いていた。
何の気なしに、その花を摘む。
手持ち無沙汰にくるくると茎を弄れば、従うように花びらが揺れた。
誘われるようにその一つに手をかける。
簡単にぷちりと千切れたそれ。
なくなった一片の、その隣をまた千切る。
一つ、また一つと花びらを千切っているうち自然に唱えていたのは、いつどこで教わったのかも忘れた、占いのようなもの。
花を千切る時はそうするものだというように、何の気なしに唱えていたそれは、花びらの数が減る度に、妙に心をざわつかせた。

好き、嫌い、好き、嫌い、好き、嫌い――…。

最後の花を千切って、順繰りに唱えていた好きと嫌いが終わりを迎える。
嫌いで終わった歌い文句に、何故だか気持ちが萎んでいた。
好き、で終わって欲しかったのだろうか。
誰を想って唱えていたわけでもないはずなのに。

「…好き、で終わった方が、良いことありそうだから…、だよ」

誰に言うわけでもない、完全な独り言。
しかしそう自分に言い聞かせないと、気持ちが奮い立たない気がしたから。
じっと、花のなくなった茎を見つめる。
落ち込ませやがってこの野郎と、八つ当たり気味にそれを指で弾いた。
しかしだからと言って茎が応える筈もなく、独りごちている自分が恥ずかしくなって、それをポイと放り投げた。

気にしない気にしない、何もなかった。
落ち込んだのも気のせいだ、きっと。
と、先程の事を頭から追い出すように寝返りを打つ。
しかし、目を瞑る直前、見てしまった。
寝返りを打った先に、憎き黄色が揺れるのを。

「…」

別に気にしている訳ではない。
たまたま見つけたから、暇つぶしに遊ぶだけ。
別に誰が見ているという訳でもないが、何となく決まりが悪くて、心の中で言い訳しながらじりじりとそれに近づいた。
見下ろした先にある花は、これから摘み取られるとも知らずに静かにそこに咲いている。
その姿がまるで自分を挑発しているようで、妙に癪に触った。
ぶちっと力任せに、花を摘み取る。
ドカッと地面に胡座をかいた俺は、今度こそ見てろよ!と妙に意気込んで、ぷちっと一枚目を千切りとった。

「好き、嫌い、好き、嫌い…」

今度こそ、今度こそ好きで終わらせてやる。
一枚一枚花びらを千切りながら、強くそう思った。

「お、ここにいた――…、あ?」
「好き、嫌い、好き、嫌い、」
「おーい!三之助!」
「好き、」
「三、」
「………嫌い」

最後の一枚、またしても嫌いで終わったそれにがくりと頭を垂れた。

「お前なに女みてえな事やってんだよ」
「…作兵衛、左門」
「『嫌い』だったな!」

他人事のように明るく笑う左門の姿に、またズンと落ち込む。
その横でからかうようにニヤニヤ笑う作兵衛が憎い。

「落ち込むなよ三之助!『嫌い』だっただけだろ?」
「そうそう、たかが花占いで『嫌い』だっただけだろ?」

きっと左門は励ましている、…はずだ。
しかし落ち込む俺を弄る作兵衛と、執拗に連呼される『嫌い』に、俺の我慢も底をついた。

「ぁぁああもう!うるっせえ!嫌いって言うな!好きだっつーの!」

ブチィっと音を立てて、もう花びらなど付いていない茎の先端を引きちぎる。
花びらがついてた部分なんだからここも含まれるんだと、勝手な自分内規約を持ち出して。

「…そこは入んねえだろ、むきになんなよ」
「よっぽど好きで終わって欲しいんだな!」

呆れたような作兵衛にムッとすると共に、左門の台詞に心臓が跳ねた。

「…別に、ンな事ねえ。好きな奴なんていねえし…。…いねえ、」

よな?と小さく自問自答。

「好きで終わった方が、嫌いで終わるより運が良さそうだもんな!」
「…そう!そうだよな、左門!」

そうに違いない!と、気づきかけた気持ちを振り切って、左門の発言に便乗する。
俺がそう言えば、じゃあ私も花探し手伝ってやる!と左門が提案してくれた。

「あ!お前ら!奇数枚の花じゃなきゃ『好き』で終わんね――…」

作兵衛の言葉も聞かないまま、二人連れ立って野原を走る。
どうしても『好き』で終わって欲しい気がしたから。




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