短編

□勝敗の行方
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午後の授業も終わりを迎え、この後は何をしようかと生徒たちがざわめき始める
昼下がり。
そんな喧騒から離れた長屋の廊下を歩く、仙斎茶の装束を纏った姿が一つ。
その人物は六年い組の立花仙蔵。
たまには自室で体を休めようと、図書室で借りた本を片手に部屋へ向かっているところだった。

廊下をゆっくりと進む仙蔵の方へ、これまた仙斎茶の装束を纏った人物が歩んでくる。
手拭い片手に鼻歌を歌いながら陽気に歩くその人は、六年ろ組の七松小平太。
実技の授業だったのだろう。小平太の装束には所々に泥や砂埃が付着している。

「お!仙蔵じゃないか!」

片手をあげて仙蔵を呼ぶ小平太は、とても実技授業の後とは思えない程元気だった。

「おぉ、小平太か。随分とまぁ派手に汚したものだな。」
「いやぁ、長次とやり合っちゃってさ!」

頭を掻きながら快活に笑う小平太。
しかしその顔は、装束の汚れ具合に比べると不自然な程小綺麗だった。

「…今から風呂か?」
「うん!結構汚れたからな!」

ふと小平太の持つ手拭いに目をやれば、それは既に使われた形跡がある。
先に井戸にでも寄ってきたのだろうか。

「お前が先に井戸に寄るなんて、珍しい事もあるものだな。」
「え?私、井戸になんて寄ってないよ?」

仙蔵の言葉に不思議そうな顔をする小平太。
小平太の返答に仙蔵も訝しげな顔をする。

「いや、装束に比べて顔や手は随分と綺麗だったものだから……。」
「…、あぁ!さっき授業から戻って来たら、滝夜叉丸に会ってさ!濡らした手拭いで拭いてくれたんだ!」

そう言って仙蔵の方へ手拭いを突き出す。

成る程、これは平のものか。そういえば小平太が手拭いを携帯している筈がない。

合点がいった仙蔵は、そうか、と小平太に告げる。
そして、ふと件の平滝夜叉丸とはどういった人物だったかと思いを巡らした。

小平太と平は確か恋仲だったか。甲斐甲斐しく世話を焼くとは余程小平太に惚れているようだな。それに、確か委員会の後輩と同室だった筈だ。そういえば幾度か、平の話を聞いたことがある。

「その滝夜叉丸とやらは、随分と世話好きらしいな。」
「?」
「作法委員会の後輩が平と同室なんだが、布団を敷いたり髪を結ったり掃除をしたり、勉強まで見てくれると言っていてな。」
「!!」

さっきまで朗らかに笑んでいた小平太の目の色が突如変わる。
何事かと目を見張る仙蔵。
不意に小平太が盛大に喚いた。

「〜〜〜〜ッ!羨ましいぃぃぃい!!狡い狡い狡い!ずーるーいーなー!!」

仙蔵に対して言っているのか、はたまたただの大きな独り言なのか。
到底最上級生とは思えない程傍迷惑に、小平太が駄々をこねる。
その姿にぎょっとするも、地団駄を踏む小平太からは、彼がどれほど滝夜叉丸を好いているのかがよく分かった。

「そう言うな。こればかりは同級生の特権だろう?」
「でも!私だって布団敷いてもらったり髪結ってもらったり勉強見てもらったり、そういうのが欲しいじゃないか!」
「……下級生に勉強見てもらってどうするんだ。」

なんとか宥めようと声を掛けてみるも、小平太のあまりの言い種に最早呆れるしかない。
仙蔵は、はぁ、と一つ溜め息を吐いた。
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