短編

□私の委員長
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「滝ちゃん、どっちだったっけ?」
「ええと…」

どちら側から来たか、来たときと反対向きに立ってみると意外に分からないものだ。
数刻前の記憶を手繰る様に脳を働かせていると、視界の端に映ったあいつが自信あり気に告げるのだった。

「こっちッスよ」

そう告げて指を指す三之助。
つまりそれとは反対という事か、ヒントをありがとうと呑気に考える私。
そこまでで済めば良かった。
そこまでで済めば大いに三之助に感謝をした。
しかしあろうことか、自分の判断になんの疑問も抱いていないあいつは、先頭を切って勢いよくそちらに駆け出したのだ。

「あ、こら、三之助!」

とっさに三之助の腕を掴む。
いつもなら引き止める事ができたはずなのに、疲れきった私の足は、私の予想に反して、踏ん張る事を拒否しやがった。
腕を掴まれた三之助は、いつものように引き止められたのだと思って進路を変える。
足に力が入らず、けれど腕だけはしかと掴んだままだった私は、進む方向の変化した三之助の力に振り回される様に、道の脇に投げ出された。

「う、わあ!」

三之助の装束から離れた腕は縋るものを失い、私は何にも掴まれないまま放り出された。
無様に転ぶのか、しかしまあその程度ならまだましだろう、そう思った。
けれど私の思惑は大いに外れる事となる。
何故ならその道は、片側が小さな崖のようになっていたのだ。

「先輩!」

三之助の驚いた顔が目を入る。
しかしそれも徐々に見えなくなり、ああ今まさに落ちているんだなと、妙に冷静な感想を抱く。
ガサガサと草木の鳴る音がして、地面に叩きつけられるよりは運が良かったなと思った。

「…き、滝夜叉丸!」

ぺちぺちと頬を叩かれる感触と、名を呼ぶ声に目を覚ます。

「あ、れ?」
「良かった、気がついた!滝、怪我はないか!?」

目を覚ました先、そこには不安げに私を見つめる七松先輩がいた。
平気か?大丈夫か?と繰り返す七松先輩を見て、ああそういえば私はあそこから落っこちたんだったなと、今の状況と記憶が繋がった。

「滝、痛いとこないか?」

顔を覗き込みながら、七松先輩がそう尋ねる。
こくりと一つ頷くと、途端に安堵の溜め息をついた七松先輩に強く抱きしめられた。

「間に合って良かったあ…」

あれだけの高さから落ちたのに、私の背や頭に感じるはずの痛みはそのなりを潜めていた。
もしや痛みを感じなくなるほど酷い打ち方をしたのかと不安に思い始めた時、七松先輩が耳元で小さく呟いた言葉。
それは、私一人が落ちた筈のここに、何故七松先輩がいるのかという疑問までも払拭してくれるものだった。

「あ、の…」
「ん?」
「ご迷惑おかけして、すみませんでした…。助けてくださってありがとうございます…」

一度ならず二度までも先輩の手を借りた事が情けなくて、恥ずかしくて。
先輩の顔すら見れないまま、私はお礼を述べた。

「当然の事をしただけだ。滝に怪我がなくて本当に良かったよ」

ポンと頭を撫でられる。
きっと優しく笑っているだろう七松先輩を感じて、この人の度量の深さを改めて思い知った。

「…先輩、頭に葉っぱが…」

この人にはかなわないなと嬉しい諦めを感じながら、それがばれてしまわないように話をそらす。
大人しく私に頭を差し出し七松先輩から、ありもしない葉を取ろうと髪を撫でた。

「取れたか?」
「あ、はい」

先輩の声に肩を跳ねさせ、名残惜しげに髪に絡めた指を抜く。
頭をあげた先輩はありがとうと呟くと、同じ様に私の髪へ手を伸ばした。

「髪、絡まっちゃったなあ」

髪を梳きながら、小枝や枯れ葉を取っていく。
先輩の手が私の前髪をかき揚げた時、今まで穏やかだったその表情が途端に強張った。

「七松先輩…?」
「滝、大変だ!血が出てるぞ!」

先輩の視線の先、恐らく額の左側。
多少ひりひりするものの、目や頬に血が垂れてくる程ではないから、さして大きな傷ではなさそうだ。

「これ位平気で…」
「でも!血が!」

あわあわと怪我をした本人よりも慌てふためく先輩を落ち着けようと、大丈夫ですからと繰り返しても、余程気が動転しているのか聞く耳を持ってくれない。

「手拭い!包帯!…持ってなかった!私のバカ!」
「あ、手拭いなら…」

もうこれは幾ら言っても無駄だろうと、先輩の言う手拭いを取り出そうと懐を探る。
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