短編
□私の委員長
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「せんぱーい!七松せんぱーい!」
走りながら声を張り上げるというのは、思った以上に体力を奪っていく。
走る速度は確実に遅くなった。
しかしそれでも、七松先輩の居所が分からない今、呼びかけをやめるわけにはいかない。
あそこで待つ三人にしたって、私が頼みの綱なのだから。
「七松せんぱーい!」
声を張り上げたところで、返ってくるのは木霊した自分の声だけ。
はあはあと荒くなる息遣いが耳につき、自分の体力のなさを嫌というほど思い知った。
ああ、まずい。
喉が引きつって声がうまく出ない。
足は動いているものの、これは走っていると言えるのだろうか。
私がしっかりしないといけないのに、なんと情けない…。
自分の不甲斐なさに、つい大きな溜め息が漏れる。
今更後悔しても仕方がない事をうじうじと考えていた罰が当たったのだろうか。
駆け出した当初よりも確実に疲労が溜まり、格段に上がらなくなった足が、私の走行の邪魔をする。
何も躓くもののない平坦な道で足を取られ、訳も分からぬうちに視線の先には地面が近づいていた。
人間、非常事態の時ほどどうでも良いことを考えるもので。
ああまずい、このままでは私の顔に傷がついてしまうと、とっさに手をつこうとした。
しかし、足と同様に腕も、いや全身が既に著しく感覚が鈍っているらしく、脳からの指令は上手く体に伝わらない。
無様に地面に突っ伏し泥まみれになるであろう数瞬後の自分の姿は、何故だか妙に笑えるものだった。
覚悟を決めたと言えば聞こえは良いが、正直なところ半ば諦めが混じりつつ、来るであろう衝撃に身構える。
しかしぎゅっと目を閉じ備えていた私を襲ったのは、顔面を強打する衝撃ではなく、装束を掴まれたような腹部への圧迫。
ぐえ、と蛙が潰れたような美しさの欠片もない声が漏れる。
恐る恐る片目を開ければ、もう少しで地面に口付けようという距離にそれが見えた。
「滝夜叉丸、大丈夫か?」
手をつき体を支えた私の背後から聞こえた声。
ぱっと弾かれたように振り返れば、今まで私の装束を掴んでいたであろう手をひらひらとさせた件の探し人が、全く平素と変わらぬ様子で佇んでいた。
「七松先輩…」
「おう!…あれ、滝一人?」
ニカッと笑って返事を寄越した先輩は、直ぐに首を傾げて聞き返す。
事の成り行きを説明すれば、そうかと呟いた先輩に、がしりと頭を掴まれた。
「な、なんです…?」
「偉い偉い!頑張ったなあ、滝夜叉丸」
誰のせいでこんな目にあう羽目になったと思ってるんですかと怒鳴ってやろうと思っていたのに、偉いと繰り返しながら頭を撫でる先輩の笑顔に、すっかり気がそがれてしまった。
全く得な性格をしていると、つくづく思う。
「…もう今日は委員会を終えませんか?」
「ああそうだな。皆の気配がしなくなったから引き返して来たんだ、丁度いい」
存分に乱された髪を手櫛で整えながら告げれば、拍子抜けするほどあっさりと快諾されてしまった。
「じゃあ戻るか、陽も大分傾いてきた。滝、走れるか?」
「ええ、平気です」
本当はまだ膝が笑っていたが、そんな事を言っている場合ではない。
それに、先程あわや転倒かという瞬間を見られてしまったため、これ以上醜態を晒したくないという思いも上乗せされて、つい見栄を張ってしまった。
「よし、じゃあ行くぞ!」
「はい」
ぐっぐっと、二三屈伸をした後、疲れなど微塵も感じさせずに七松先輩が走り出す。
その背中を追いながら、平気だと宣った数刻前の自分を激しく呪った。