短編

□私の委員長
2ページ/7ページ


ゆっくり来い、そう七松先輩は仰ったわけだが。
当然彼の言う"ゆっくり"と、我々が思う"ゆっくり" が一致しているはずもなく。
普段よりは幾分緩やかであろう、彼の言う"ゆっくり"に合わせて走る私達。
後ろを走る下級生三名の顔には、既に疲労困憊と書かれていた。

「金吾、四郎兵衛、三之助、平気か?」
「「「……〜ぃ」」」

返事かどうか、それすらも怪しい返答が心許ない。
幾らかでも速度を落としてやりたいが、先に進んだ七松先輩からの指示が聞き取れなくなっては元も子もないため、それも難しい。
一体どうしたものか。
委員会は終わりだと、七松先輩が引き返して来てくれるのが一番良いのだが。

「う、わぁ…!」

頭を捻りながら走り続けていた私の耳に届いた小さな悲鳴。
それが聞こえたかと思うと、それを追うようにして、ビタンと鈍い音が響いた。
その声に足を止め振り返れば、列の後方で小さな人影が地面に突っ伏している。

「金吾!?」

慌てて駆け寄り手を貸せば、すみません…と呟いて金吾が起き上がる。
装束はおろか顔にまで泥がついている。
辺りを見回してみたが、足をとられるようなものは何もない。
何もない場所で転び、剰え手をつき顔を守る事も出来なかったとは。
相当疲れている事が見て取れる。

「先輩すみません…。大丈夫ですから、七松先輩を追いましょう」

眉間に皺を寄せ思案顔をしていた私の様子を伺いながら、申し訳なげに金吾が言う。
しかしこれ以上無理をさせて、怪我でもしてしまっては元も子もない。
それに、どうやら足取りが覚束ないのは金吾だけではないようだ。
ちらと後ろの様子を伺えば、四郎兵衛は座り込んでいるし、平気そうな顔をしているものの三之助の息も上がっている。
一度立ち止まってしまった今の状態から再び走り出すのは、少々困難かもしれない。

「いや、七松先輩は追わなくていい」

皆で無事に帰るには、これ以上体力を消費してはならないだろう。
そう考えて発した言葉だったが、あまりにも意外だったのか三人は目を瞬かせた。

「でも、七松先輩はどうするんですか?」
「…私が迎えにいく」

金吾の口から零れた当然の質問。
それに対して溜め息混じりに当然の答えを返せば、後輩三名はあんぐりと口を開けた。

「えっ、そん、…無理ですよ!」

数瞬ぽかんとしていた金吾だったが、ハッと我に帰った途端、しきりに無理だと主張しだす。
まあこれも、当然の反応と言えばそうなのだが。

「大丈夫だから、お前たちはここで待っていなさい」

尚も不安そうな表情をする金吾に向かって笑いかけそう告げたが、その表情が変わることは無かった。
しかしこのままここに佇んでいたところで事態が好転するわけでもなし。
結局のところこうするより他手だてはないのだ。

「七松先輩だって、異変にくらい気づいて下さるさ」
「でも…」
「俺も付いていきましょうか?」

金吾の言葉に被さるように声が響く。
眼前にいる金吾からそちらに視線を移せば、大人しくやりとりを見守っていた三之助が提案するかのように小さく手を上げていた。
まずい…

「滝夜叉丸先輩だけじゃ大変っすよね」
「いや、あのな三之助…」
「次屋先輩!あの、あ、僕もう走れなくて、ここに残りますから!僕と時友先輩だけじゃ不安なので一緒にいてくださいお願いします!」
「ぼくもお願いします!」

なんとか上手く断れないかと口を開いた私に変わって、金吾と四郎兵衛が三之助に詰め寄る。
じりじりと間合いを詰めつつ告げる後輩二人に気圧されて、「わ、分かったから」と三之助が了承するのをしかと聞き、私は胸をなで下ろした。
三之助には悪いが、七松先輩を追いつつ迷子の世話など、今の私には死刑宣告としか思えないから。

「じゃあ三之助、二人を頼むぞ」
「…はあ」
「「滝夜叉丸先輩頑張ってください!」」

三之助に向かって頼むぞと言いつつ、その実金吾と四郎兵衛に向かって視線で合図を送る。
こくんと二人が頷いたのを確認すると、もう随分と前に七松先輩が駆け抜けたであろう道を、その人目掛けて突き進んだ。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ