短編

□片恋上等!
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「似合いませんか?」
「いやあ、そんな事はないと思うぞ」

いつまでも見られている事が居心地悪くなったのか、上目に先輩を見上げたまま滝夜叉丸が問いかける。
滝夜叉丸からの質問に、う〜んと唸った七松先輩は、閃いたかのようににぱっと笑顔を浮かべこう言った。

「ただ私は、いつもの滝夜叉丸が一番好きだな!」
「な、」
「いつも一番可愛いもの」

にこにこと笑いかけながら滝夜叉丸の頭を撫でる。
折角結わえた髪は、もうぐちゃぐちゃで跡形もない。
それでも滝は怒鳴りも叫びもせず、甘んじてその手を受け入れていた。

「勝負あったな、喜八郎」
「……立花先輩」

背後から肩を叩かれて振り向けば、そこにはタカ丸さんの相手をしていた筈の立花先輩の姿が。

「平の顔を見てみろ」

言われて、滝の横顔の見える位置へ体をずらした。

「な、分かっただろう?」

私の目に飛び込んだ滝夜叉丸の表情のなんと嬉しそうなことか。
顔を赤らめて照れくさそうに。
はにかんだ笑顔を浮かべた滝夜叉丸を、今まで私は見たことがあっただろうか。
あるはずがない。
だって滝夜叉丸は、私の好きや可愛いをただの賛辞としかとってくれないのだから。
滝夜叉丸が好意を好意として、意識して受け入れるのはあの人だけ。
分かりきっていたはずの事実が、酷く胸に突き刺さって。
柄にもなく、泣きたくなった。

「喜八郎…」

心配そうな立花先輩の声。
それに我にかえった私は自分の気持ちに喝をいれ、くるりと立花先輩に向き直った。

「負けてません」
「……!……そうか」

一瞬目を丸くした立花先輩は、次の瞬間にはもう口角を釣り上げていて。
つられて私も僅かに笑んだ。

「まだ勝負は分かりません。人の気持ちは移ろいやすいものですからね」
「ふふ、お前も言うようになったな。それじゃあ、お手並み拝見といこうか。私の級友は手強いぞ?」
「先輩の後輩も、なかなかだと思いますよ」

そう言って先輩に背を向ければ、微かに先輩が微笑むのを感じた。

「七松先輩」
「なんだ綾部?」

滝夜叉丸の頭に手を乗せたまま、此方を伺う七松先輩。つられて滝夜叉丸も此方を向く。

「まずは、塹壕掘りからでお願いします」
「?」
「え、おい、綾部?」

小首を傾げる七松先輩と、訳が分からぬまま止めに入る滝夜叉丸。
後ろからは立花先輩が吹き出す声が聞こえた。

「滝夜叉丸はいつでもどんな髪型でも可愛いです」
「んん?……よし、じゃあ塹壕掘るか!」

分かっているのかいないのか、笑みを浮かべたまま承諾の意を示す七松先輩。

先ずは一勝負と、七松先輩と肩を並べて教室の戸をくぐる。
七松先輩!綾部!と呼ぶ滝夜叉丸の声を聞きながら、横にいる人物を一瞥した。
今はまだあなたに滝夜叉丸を預けておきますけど、いつか必ず私が滝夜叉丸を迎えに行きますから。
それまで滝を大事にしてくださいね、七松先輩。









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