短編

□片恋上等!
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滝夜叉丸との放課後。いくらいつでも一緒にいられるからといって、むざむざ譲る気などさらさらない。
すっくと立ち上がった私は、ある場所ある人目掛けて教室を飛び出した。
少しの間だけ滝夜叉丸を貸してあげるけど、直ぐに取り替えすから。
私が走り去った事にも気付かない二人に心の中でそう告げて、私は廊下をひた走った。




「先輩」
「…おお、喜八郎か」

すぱんと勢いよく作法室の戸を開く。
静かにお茶を啜っていた立花先輩は、さして驚いた風もなく私の名を口にした。

「なかなか来ないからどうしたのかと思っていたよ」
「………?」
「……まさかお前、今日委員会がある事を忘れていた訳ではないよな?」
「……そんな事はおいといて」
「喜八郎、貴様…」

完全に忘れていた。
しかしそんな事に構っている場合じゃない。口元をひきつらせる立花先輩の様子は流しつつ、ぐいっと先輩の腕を引いた。

「なんだ喜八郎」
「ちょっと来てください」
「しかし委員会が…」
「……委員会は中止になりました」
「誰が決めたんだ、誰が」
「………まあそれはおいといて」

ぐいぐいと一心に先輩の腕を引き続ければ、流石の立花先輩も観念したのか、とうとう重い腰を上げた。
しめたと思った私は、そのまま引き摺るように立花先輩を連れて作法室を後にする。
これできっと、上手くいく。


「タカ丸さん」

い組の教室に戻れば、丁度新しい髪型に結い終えたばかりのタカ丸さんと滝夜叉丸が仲良く鏡を覗き込んでいた。
私の呼びかけに振り向いたタカ丸さんは、ん?と首を傾げている。

「こっちもお願いします」

私の後ろにたつ人物を、ぐいっと前に押しやる。と、途端に目の色を変えるタカ丸さん。作成通りだ。

「六年い組の立花仙蔵くんだぁ!!」

滝夜叉丸のそばを離れ先輩のもとに駆け寄ったタカ丸さんは、ふんふんと嬉しそうに髪を梳いている。
入れ違いに滝夜叉丸のもとへ駆け寄った私を見て合点がいったのか、立花先輩はタカ丸さんの練習台となるべく大人しく腰を下ろした。

「……良かった」
「ん?何がだ?」

首を傾げる滝夜叉丸に何でもないよと告げれば、おかしな奴だと笑われた。

「滝、似合ってるよ」
「そうかそうか」
「凄く可愛い」

恋敵のタカ丸さんによって作られたのかと思うと少々癪ではあるが、いつもの一つ結びでない滝夜叉丸は、文句なしに可愛らしかった。

「綾部…」
「なに?」

じっと私を見つめる滝夜叉丸。
ぎゅっと私の手を掴む。
これはもしやと期待しながら、彼が口を開くのを今か今かと待ち望んだ。

「だろう?私もなかなか似合っていると思うんだ。本来女性の間で流行っている髪型らしいが、まあそこは私の美しさと愛らしさを持ってすればなーんの問題も無いわけで――――」

滝の鈍感。
期待した私が馬鹿だった。
予想通りと言えば予想通りな滝の反応に、がっかりを通り越して呆れてしまった。
私の様子に気付かず未だ喋り続ける滝夜叉丸に、くすりと笑いが漏れた。
まあこういう所があってこそ、私が想いを寄せている滝夜叉丸なのだけれど、と。
鈍感で自分に向けられる好意に疎い滝夜叉丸だけれれど、今は私の手を握っているその手の温もりに免じて許してあげる。
いつか絶対、この手を離したくないと言わせてみせるから。




「たーきーやーしゃーまーるーっ!!いるかぁ!?」

ほくほくと温まった心と両手に満足していると、不躾に教室へ飛び込んできた人物が一人。
有り余る元気を体現したような笑顔を携え、恥ずかしげも無く大声で滝を呼ぶ人物など一人しかいない。
突然現れたその人に、誰にも分からないだろうけど顔をしかめた。

「七松先輩……?」
「なんだよ滝夜叉丸ー、お前まだ教室にいたのか?」

子供のように口を尖らせた七松先輩がなんの遠慮もなしにずかずか教室に入ってくる。
握られていた手は、いつの間にか放されていた。

「委員会、始まっちゃうぞー」
「?…委員会なんて、今日ありましたっけ?」
「今朝私が決めただろうが」
「はあ…、あの七松先輩。先輩が思いついたとしても、連絡を下さらなければ分かりませんよ」
「あ、そっか。なはははは、すまんすまん!」

豪快に笑いながら頭を掻く七松先輩に、呆れながらも微笑む滝夜叉丸。
今までその笑顔は私だけに向けられていたのに。

「あれ?滝夜叉丸お前、」
「?」
「変わった頭してるなあ」

滝夜叉丸の頭に手を乗せて、まじまじとそれを観察する。大人しくされるがまま、滝夜叉丸は先輩を見上げいた。
折角結わえた滝夜叉丸の髪を、変わった頭と称して笑うとはなんと失礼な人だろう。滝夜叉丸も怒ればいいのに。
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