短編

□片恋上等!
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午後の授業はずうっと教科だったため、教師の言葉など右から左に聞き流し、ぼおっと滝を眺めていた。
姿勢良く座り、居眠りなどせずに一心に教師の話に耳を傾ける滝。
昨日も予習をしていたのだから分からない筈はないのに、せっせと帳面に記載していく。
真面目だな、滝は。
字も綺麗だから、帳面も見やすいだろうな。
私の真っ白な帳面を見たら驚くだろうか。
勉強しろって言われるかな。
今夜一緒に勉強してみようか。
そろそろ勉強しないと、来年も滝と同じ組になれないかもしれない。
滝は絶対、い組だろうから。

「――べ、―部、………綾部!」

ぼんやりと考え事をしているうちに、いつの間にか授業は終わっていたらしい。
黒板前に教師の姿はなく、今私の目の前にいるのは―――

「……滝夜叉丸」
「全くお前は…。いつもぼんやりして、ちゃんと授業を聞いていたのか?」

眉を寄せた滝夜叉丸が私の机へ視線を落とす。そこには出しっぱなし、開きっぱなしの忍たまの友と、私の帳面。

「…綾部、これはなんだ」
「帳面」
「そんな事は分かっている!なんで真っ白なのかと聞いているんだ!」
「…私の墨、白いみたい」
「阿呆!………まったくお前は。…あとで私のを写させてやるから、ちゃんとやるんだぞ」
「…うん、…………ありがと」

呆れたように溜め息を吐いた滝夜叉丸だったが、素直にお礼を言えば苦笑して許してくれた。
ついでに帳面を写させてくれるらしい。願ったり叶ったりだ。

「滝は優しいね」
「そうか?」
「好き」
「そうかそうか、私の素晴らしさを理解しているとはやはり綾部は見所がある」

ぐだぐだぐだぐだと自分に賛辞を贈る滝夜叉丸を横目に、むうっと口を尖らせた。
私の告白、滝には届かないの?
直接的な言葉でも伝わらないなんて、これ以上どうしたらいいの?
滝の鈍感。
他人には気付かれないだろうけれど、精一杯不機嫌を露わにしてみたが、陶酔しきっている滝夜叉丸が気づく気配はない。
それが更に私をむかむかさせて、滝の目を此方に向けようと口を開いた。

「…た、」
「滝夜叉丸く〜ん!」

折角口を離れた私の声は、滝に届く事なくかき消された。
止めどなく垂れ流されていた滝夜叉丸の口上もいつの間にか途切れ、視線は声のした方へ。
見ればそこには奇抜な色の髪をした長身の男。

「タカ丸さん、どうしました?」

滝夜叉丸が声をかければ、戸口から嬉しそうに駆け寄ってくる。

「この前実家に帰ったら、可愛い髪飾りを沢山見つけたんだ!今流行りの髪型も教わってきたし、だから、あのー」

そこまで言いおいて、滝夜叉丸の様子を窺うように首を傾げる。
この後に続く言葉など分かりきっている筈なのに、つられて滝も首を傾げた。

「髪、結わせて貰ってもいいかなぁ?」

甘えたような間延びした声で、タカ丸さんがそう告げる。
お人好しな滝が断れるはずもなく、良いですよ返事を返した。

「ありがとう!さあ座って座って!」

俄然やる気が出たタカ丸さんにせかされて、滝夜叉丸が大人しく腰を下ろした。
さっきまで二人きりだった空間に突如介入して来たタカ丸さん。
ああ面白くない。

「いつ触っても綺麗な髪だねえ」
「ありがとうございます」
「僕、好きだなあ」
「ふふ、そんなにですか」
「うん、滝夜叉丸くんの髪も」
「も?」
「滝夜叉丸くんも!」

ありがとうございますと照れ笑いを浮かべる滝に、タカ丸さんもえへへと笑い返す。
和やかな目先の光景に心中穏やかでないのは、蚊帳の外な私。
今まで眼中に無かった彼までが、よもや恋敵になろうとは。
髪結いと称して滝に触れ、ましてや自然に好意を示す。のんびりした質だと思っていたが、意外と策士かもしれない。
狙ってやっているのか、はたまた天然なのかどちらにしても質が悪い。
思わぬ敵の出現に少しだけ肝を冷やす。
しかし、滝が鈍感で良かった。
私の想いに気づかないだけでなく、三木ヱ門もタカ丸さんも平等に気づかないのだから。
今だけは滝の鈍感さに感謝しようと思う。

「はい、でーきた」
「ありがとうございます」
「可愛くできたよ、ほらほら」

タカ丸さんから手渡された手鏡を受け取り、四方から自分の髪型を見る滝夜叉丸。
満足げに笑うタカ丸さんに鏡越しに笑いかけた滝夜叉丸も、その髪型が気に入ったのだろう、とても嬉しそうに顔を綻ばせている。
うん、凄く似合ってる。

「たまにはこういう髪型もいいですね」
「でしょ?絶対似合うと思ったんだあ」

満足いく出来に仕上がったようだ。
ならばもう用は無いだろうと、タカ丸さんが去るのを待つ。
しかしあろう事か、タカ丸さんは

「次はどうしようかなあ」
「ふふ、素敵な髪型にしてくださいね」

まだここに居座るらしい。
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