短編

□片恋上等!
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「滝夜叉丸、しょーぶ!!!!」

また始まった。
四年生全組合同の実技授業、もうそれに付き物と言っても良いくらい毎回毎回突っかかってくるあいつ。田村三木ヱ門。
三木ヱ門は嫌いじゃない。なんだかんだで仲は良い、と、思う。
しかし、同じ穴の狢というか、私には分かっている、三木ヱ門の気持ちが。

「なんだ三木ヱ門、お前も懲りないな」
「なーにが懲りないな、だ。一度たりとも負けた覚えはない!」
「なら、今日こそそれがはっきりする日だな」
「そう言っていられるのも今のうちだ、滝夜叉丸!」
「覚悟しろよ、三木ヱ門!」

また始まったという周囲の冷めた視線などまるで気付いていないように、二人は授業の課題などそっちのけで組み手を始めた。
いつも互いの得意武器片手に始める争いが今日は素手という事もあってか、被害が少ないだろうと見込んだ教師は仲裁に入ることなく授業を進める。
生徒達もいつもの事だと次第に興味をなくし、自分の番が回ってくるのはいつかと教師に注目し始めた。
私一人、その場に止まって二人の様子を見つめる。
毎度滝夜叉丸を見つけては突っかかってくる三木ヱ門。
気に食わない、一番は私だ、いつもそう言って滝夜叉丸を挑発しているけれど。
気に食わないなら、一番は自分だと分かっているなら、あえて関わらなくても良い話。
つまり、要は滝夜叉丸の興味を自分に向けたいのだ。
嫌いだと言いながらちょっかいを掛けるなんて、一体どこの子供だと思うけれど、それで見事に滝を釣っているのだから馬鹿には出来ない。
滝夜叉丸も滝夜叉丸で、どこか三木ヱ門を認めている節がある。滝夜叉丸が本気で勝負をするのは三木ヱ門位のものだ。
私がそんな事をけしかけても、きっと相手にしてもらえないだろう。
好敵手という立場を見事に勝ち得た三木ヱ門が、少し、羨ましい。
お互い相手に勝つことに必死で、気に入らない奴だと言い合っているのに、その表情はどこか楽しげで。
三木ヱ門と手合わせをしている今、滝の目に映っているのは三木ヱ門ただ一人。
ここで滝夜叉丸を待っている私の存在になど気付いていない。
寂しい、そう思ったと同時に動いた足は、いつの間にか滝夜叉丸達の元へと向かっていた。

「な、綾部!?」

背後から掴んだ装束をぐいっと引っ張れば、漸く気が付いた滝夜叉丸から声が上がる。
驚いた表情の彼の前には、これまた目を丸くした三木ヱ門。

「どうした綾部。今三木ヱ門と勝負が…」
「……次、滝の番だって」

とっさに出た嘘。
でも滝夜叉丸を納得させるには充分だったようで、そうかありがとうとお礼まで言われてしまった。
人を疑う事を知らない滝夜叉丸。そんなんじゃいつか悪い奴に騙されてしまうよ。

「悪いな三木ヱ門、続きはまた今度だ」
「…ああ」

三木ヱ門に向き直り申し訳なさそうにそう告げる滝夜叉丸に、三木ヱ門も渋々頷く。きっと三木ヱ門には嘘だとばれているのだろう。

「滝、行こ」

ぐいぐい背中を押せば、分かった分かったと苦笑する。

「珍しいな、お前がこんなに授業に身が入っているなんて」
「…たまにはね」

振り返り、一人佇む三木ヱ門を見れば、眉を寄せて此方を見ていた。
組が違う三木ヱ門は私ほど滝と一緒にいられないから、こういう機会は貴重なのだ。それを邪魔されたのだから、あの表情も仕方がない。
甘んじて睨まれて上げる。でも滝の瞳を独占するのは許さない。
滝夜叉丸と三木ヱ門が好敵手なら、私と三木ヱ門は恋敵だから、これ位は当たり前。覚悟してよね。
ぎりりと三木ヱ門が歯噛みする気配を感じながら、前にも後ろにも気づかれないようにこっそりほくそ笑んだ私は、皆の待つ訓練場へと向かう。
嘘がばれて滝に怒られはしたけれど、その瞳に私が映っているから良しとしよう。
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