短編

□ごめんと言わせて
4ページ/5ページ

不思議に思った私は駆け出すことを止め、くるりと後ろを振り返る。
と、私の胸にどすっと何かが飛び込んできて。
突然の事で踏ん張りきれず、私はそのまま尻餅をついてしまった。

「いたた…」

尻餅はついたものの、飛び込んできたそれだけはしっかりと抱きしめていた。
腕の中に収まったそれに目をやれば、やはりそれはさっきまで私を追いかけていたあの子。
逃がさないとばかりにぎゅっと私の背中に腕を回し、胸に顔を埋めたまま決して此方を見ようとしなかった。

「滝…?」
「……んでですか」
「ん?」

顔を押し付けたまま話す滝夜叉丸の声は、くぐもっていてよく聞こえない。
私が聞き返すと、もぞりと身じろぎしたもののやはり顔をあげることなく、先程よりも大きな声で滝夜叉丸が話し出した。

「なんで、逃げるんですか」
「や、なんでって事は…」
「なんで、私の事を避けるんですか」
「…滝、怒ってるかなって、思って…」

罰が悪そうに苦笑しつつそう告げれば、滝夜叉丸の腕に更に力が込められた。

「ちょ、滝、痛い」
「怒ってるかなって、そんなの…、怒ってるに決まってるでしょう!」
「だよね…」
「謝りに来たと思ったら、突然避けるようにして……。き、嫌われたと思っ、て、私…」
「ちょっ、滝夜叉丸!?」

突然何を言い出すかと思えば。
それは私の台詞だろう。
ぐすっと鼻を啜る音を立てて、滝夜叉丸が微かに嗚咽を漏らす。
私のお粗末な脳みそでは一体何がなんなのやら、皆目検討がつかなかった。

「一体どういうこと?私が滝夜叉丸を嫌うなんて、あるわけないだろう?」
「確かに、先に無視したのは、私です、けど…、先輩が、毎日、来て、下さったから、もう許してあげようと思ったのに…、突然来なくなって、私の事も避けるし、…愛想が尽きたって、そういう事かと思っ、て…」

なんと間の悪い事だろう。
あのまま四日目も滝のもとへ出向いていれば、ここ数日あんなに苦しい思いをしなくて済んだというのに。

「滝、ごめんな、違うんだよ。私の顔を見たら、また怒りが湧くかと思ってさ。気遣いのつもりだったんだ…」

頭巾から覗く手触りの良い髪を梳いてやれば、滝の腕の力は弱まったものの、嗚咽は増すばかりだった。

「…しなれない気遣いなんて、しなくて結構、ですから。いつも、通りに、していて下されば、それで、いいんです、先輩は」
「ん、ごめんな」

滝夜叉丸の頭を撫で顔を上げるように促すと、滝の目からは次から次へ涙が流れ落ちていた。
滝夜叉丸らしくないぐちゃぐちゃな顔も、久し振りに向き合えた愛しさからか殊更可愛く感じられて。
再びぎゅっと滝夜叉丸を抱きしめた。

「ごめんな、滝夜叉丸。全部私が悪かった」
「…分かって下されば、いいですよ」

いつもの滝夜叉丸なら、そんな事ありませんと謙虚な態度に出るだろうに。
今回の事が余程堪えたのか、はたまた私の前で大泣きしたことが恥ずかしいのか、珍しく横柄な態度を取る。
多分後者が強いだろうなと、こんな時にも自分を崩さない彼に笑いが零れた。

「ごめんごめん」
「…これからは、いつも通りですよ」
「うん、分かった分かった」

私の首に腕を回したまま、滝夜叉丸が耳元で忠告をする。
いつもの滝のお小言が始まったと、自然に頬が緩むのを感じた。

「なあ、滝夜叉丸」
「大体先輩は、……はい、何です?」

調子を取り戻した滝夜叉丸のお小言を遮って、どうしても聞いておきたいあの事を尋ねてみる。
今回の出来事の発端を。

「どうしてあの時、いつもと様子が違ったんだ?」

私の質問を聞くと同時に、大人しく私の腕に収まっていた滝夜叉丸がばっと体を離した。
驚いて滝夜叉丸の顔を覗き込めば、盛大に眉間に皺を寄せて此方を睨んでいた。

「た、滝…」
「それも分からずに謝ろうとしていたんですか!?」

なにやら地雷を踏んでしまったようだと、早速質問した事を後悔した。
またもや目尻に涙を溜めて、滝夜叉丸が私を睨む。
睨まれるのは一向に構わないが、涙だけは止して欲しい。滝夜叉丸の涙だけは、いつまで経っても慣れる事ができないから。

「いつも先輩は途中で仕事を放り出して、直ぐにバレーだマラソンだって遊び始めるでしょう!その後誰が仕事を引き継いでるか分かってますか!?」
「……滝夜叉丸です」
「私は先輩の小間使いでも保護者でもありません!それなのに先輩は、私の事を便利屋みたいに扱って…!労うどころかやって貰うのが当たり前みたいな態度で、それが頭にきたんです!」

一息に言い切ると、ぼすっと私の肩に顔を埋めた。
その背を撫でると、弱々しく私の装束を握りしめ、再び静かに嗚咽を漏らし始めたのだった。
次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ