短編

□ごめんと言わせて
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次の日も、その次の日も暇を見つけては滝のもとを訪れた。
しかし滝は、返事は愚かこちらを見てもくれなかったのだが。
三日も滝と話してない。顔もみていない。笑った顔が一番好きだけれど、怒った顔でも泣いた顔でもいいから、滝の顔がみたい。口喧しく私に小言を言ってくれて構わないから、滝の声が聞きたい。話がしたい。
たった三日かもしれない。
だが、三日も滝の存在を感じる事が出来ないなんて。流石の私もこれは堪える。
はぁと一つ、ここ最近癖のようになってしまった溜め息を吐く。
あぁ、私はどうしたらいいんだ、滝。

私がもの思いに耽っていると、こんこんと自室の戸を叩く音がした。
立ち上がる気も起きず目だけそちらに向ければ、部屋主の了承を得ぬままがらりと戸が開かれた。

「おい、小平太。」
「なんだ、文次郎か…」

入ってきたのは文次郎。
滝かなと少しでも期待した私が馬鹿だった。

「なんだとは何だ。折角鍛錬に誘おうと来てやったのに…」
「ん〜、私今そういう気分じゃない…」

私の発言に文次郎が目を剥く。
なんだ、その顔は。

「お前が鍛錬の誘いを断るなんて…。どこか悪いのか?頭以外に」
「失敬だな!私だって悩みの一つや二つあるんだよ!」

ふんとそっぽを向いた私に、また文次郎が目を見張る。
失礼なやつだ、まったく!

「小平太が悩みなんて、本当に珍しいな。考えるより先に動くお前が…」
「動いても解決しないから、悩んでるんじゃないか…」

そうなんだ。今までは全部、考えて行動しなくたって上手くいっていたんだ。
だから、こんな事は初めてで。
どうしたらいいのか、考えもつかない。
解決の見通しが立たないこの現状にまた一つ溜め息を漏らし、そのまま机に突っ伏した。

「どんな馬鹿げた事で悩んでいるのかと思ったが、随分と深刻そうだな…」

深刻も深刻。大大大大大深刻だ。
だって、滝が私から離れていってしまいそうなんだから。
文次郎の言葉に、こくりと一つ小さく頷くと、私の様子を見かねたのだろう。
私の前に腰をおろした文次郎が、話せ、と私に促した。
話そうかどうしようか少し思案したが、
自分一人で悩んでいても一向に解決の糸口が見つからない。
ならいっそのこと他人から助言をもらうのも良いかもしれないと、ぽつりぽつりと話し始めた。

「私は、いつも通り接していた、…つもりだったんだ。だけど、今回は相手の反応がいつもと違っていて…。怒っている…、んだと、思う。でも、謝ろうにも私の話を聞いてくれないし、…多分、避けているんだ、私の事…」

ちらりと文次郎の様子を窺えば、私の話を聞いていた文次郎の眉間に皺が寄る。

「……、なんだその野郎?済んだ事をいつまでもねちねちと。気に食わんな!それに」
「文次郎の馬鹿!悪いのは私なの!あいつの事を悪く言うな!」

ばんと机を叩いて身を乗り出した私に、文次郎がぽかんと口を開ける。
いくら相談に乗ってくれるからと言って、滝の悪口は許せない!

「す、すまん!そういうつもりじゃぁ…」

慌てて取り繕う文次郎を一睨みし、先を促すように座り直した。

「…あぁ、あの、それに、お前が何度も謝りに行ったにも関わらず、そいつは聞く耳持たなかったんだろ?だったら、足繁く通うのは逆効果なんじゃねぇか?暫くそっとしておいた方がいい。そういう輩は相手が下手に出るとつけあがる、から……!!」

またしても口を滑らせた文次郎を一瞥すれば、慌てて口を噤んで目を逸らす。
助言をくれた事だし、今回の失言は多目に見ることにしよう。

「…そうかな?やっぱり怒りが治まるまでそっとしておくべき?」
「腹がたっている時は、相手の顔を見るだけで怒りが沸いてくるからなぁ。やるやらないはお前の自由だが、まぁ、俺ならそうするって話だ」

そうか。滝は私に腹をたてているから、私の顔を見たくないのか。
滝に会えないのは辛いけど、これ以上滝に嫌われるのは、もっと辛い。
文次郎の言うとおり、滝の怒りが治まるまでそっとしておくのが良いのかもしれないな。

「…ありがとう文次郎。相談に乗ってくれて」
「いや、参考になったか分からんが、あまり気に病むなよ。お前がそんなだと、こっちも調子が出ねえからな」
「ん、ありがとう」

そう言うと、文次郎は立ち上がり部屋を出て行った。
再び一人になった部屋の中。
明日からは滝と接触しないようにしなければと、私は私にとって苦渋の決断をしたのだった。
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