短編

□嵐の夜は
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「そうか、二人が不在だったお陰で私は助かったな」

苦笑する金吾だったが、そろそろ寝ようかと声をかければほっと胸をなで下ろし、こくりと一つ頷いた。
傍らに避けておいた布団を元に戻して、綾部の布団を使うよう金吾に勧める。

「綾部先輩の分も敷いてあるんですね」
「ん?まぁ、同室だからな…」
「綾部先輩って、作法委員会でしたよね?」
「そうだが、それがどうかしたか?」

金吾の言いたい事がよく分からず首を傾げる。すると金吾の方も、知らないんですか?と首を傾げ返した。

「今日は用具委員会と作法委員会が、首実検用の道具をどちらが管理するのか話し合うみたいですよ。話し合いで終わらないでしょうけど……」

金吾の話を聞いて、そういえば綾部のやつがいつもより幾分やる気の入った顔で出て行ったなと思い返す。
あれでなかなか好戦的なやつだからな、あいつも。

「それじゃあ、きっと朝まで帰って来ないだろうな……」
「ですよね…」

顔を見合わせ呟いた言葉に、どちらともなく吹き出して。
さっきまでびくついていたのが嘘のように、金吾の表情も和んでいた。

「金吾が来てくれて良かったよ。布団が無駄にならずに済んだ」
「僕の枕は無駄でしたね…」

恐怖に耐えかねて、とりあえず枕だけを掴んで飛び出して来たのだろう。自前の枕を突き出して、金吾が苦笑する。
その様子が容易に想像出来たものだから、またもや小さく吹き出してしまった。
くつくつと笑い出した私をぽかんとした顔で見詰める金吾の頭を撫でて、なんでもないからと布団に入るよう促した。
ごそごそとお互い布団に潜り込み、私達は漸く就寝を迎えるに至ったのだった。




****

隣の布団から、すうすうと小さな寝息が立ち始める。
漸く金吾が寝入ったようだと安堵し、一つ欠伸を零して、私も微睡み始めた時だった。

「滝夜叉丸ー!」

唸るような風の声などものともしない音を立て、部屋の戸が開かれた。
強風に髪を靡かせながら戸口に立つのは、これまた白い寝間着に身を包んだ人物。
先程の金吾とは違って、随分と大きな人影ではあるが。

「七松先輩…」
「邪魔するぞ!」

開けた時同様、盛大な音を立てて戸を閉めた七松先輩が部屋へと入ってくる。
寝入っている金吾は身じろぎしたものの、再び寝息をたて始めた。

「一体どうしたんです?」
「いやあ、文次郎達と自主鍛錬していたら、金吾がここに入っていくのがみえたからさ!何かあるのかなと思って!」

風呂に入って速攻来たんだと夜には似つかわしくない大きな声で話す先輩に、金吾が起きてしまうからと注意する。
すまんすまんと笑う先輩の声に、結局金吾は目を覚ましてしまったけれど…。

「おう、金吾!おはよう!」
「……おはよ、ございま、す」

まだ覚醒しきっていないのだろう。目をこすりながら挨拶仕返す金吾は、何故七松先輩がいるのかまでは頭が回っていないようだ。

「二人で何してたの?仲間外れはよくないぞー」
「いえ、特に何というわけでも……」
「お泊まり会ですよぉ」

目をしぱしぱさせながら、漸く目が冴えた金吾が会話に混ざる。
ですよね?と此方を窺う金吾に、そうだったなと一つ頷いた。

「えー、狡いなぁ。私だけ除け者にしてぇ」
「いや、別にそういうわけでは…」

子供のように口を尖らせた七松先輩が、これまた子供のように不満を垂れる。
幾ら私が宥めすかしても、先輩は口を尖らせたままだった。

「七松先輩も、お泊まりしますか?」
「え!?いいの?」

さっきまでの不満顔は何処へやら、金吾の提案に食いついた七松先輩は、途端に瞳を輝かせた。
ただでさえ目力のある大きな瞳に、これでもかと期待を込めて私を見詰める七松先輩。
こんな瞳で見つめられて断れる者が果たしてこの世にいるのだろうか。
最早一つしか用意されていない選択肢に頭を抱え、小さく首を縦に振るより他道はなかった。

「やったな、金吾!」
「良かったですね、七松先輩」

楽しげに手を取り合う二人の姿に絆されて、仕方ないかと苦笑する。
さあ寝ましょうと声をかけようとしたのだが、ここで一つ問題が。
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