短編

□おやすみなさい!
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夕飯も、風呂も済ませて、あとは寝るばかり。
3つ仲良く並べた布団に、作兵衛が三人分の枕を投げる。
敷かれた布団の上で三之助と二人、じゃれあっていれば、「暴れんな!」と作兵衛の雷が落ちた。

「全く、自分の分すら敷きやがらねぇで!」
「「ありがとー、作兵衛!」」
「…ほんっと調子いいな、お前ら」

若干呆れの色を交えつつ零した作兵衛の言葉に、気にした風もなく笑い返せば、諦めたように溜め息をつかれた。

「…いいから、もう寝ろ」
「えー!まだ眠くない!」

眠くないのに寝られるか!と抗議の意を込めて、枕をバフバフと布団に打ちつける。
と、流石に堪忍袋の緒が切れたのか、拳を震わせた作兵衛から、枕の弾丸が放たれた。

「ぶふぉっ!」
「さっさと寝ろ!静かにしろ!」
「やったなぁ!」

作兵衛からの注意など何のその。
楽しい事が始まったんだなと一人うきうきしながら、作兵衛から飛んできた枕をむんずと掴み投げ返す。
まさか返ってくるとは思っていなかったのか、それは見事に作兵衛の顔面に命中した。

「ンの野郎!やりやがったな!」

赤くなった鼻を押さえながら、落ちた枕に手を伸ばす作兵衛。
私目掛けて一直線に投げられた枕など簡単に防げるものだから、ついついそれを掴み取ってニカッと笑えば、その笑顔は更に作兵衛の神経を逆撫でしたようだった。

「くっそー!」
「あはは!」

やけになった作兵衛は、なんとか私に一発お見舞いしようと、残り二つの枕を手に取る。
投げ込まれた一球を、手に持った枕を盾に撃ち落とし得意気に笑えば、図ったかのように投げられた二球目が、見事に私の顔を捉えた。

「1対2は卑怯だぞ!」
「一発は一発だ!いい加減もう寝ろ!」
「いやだ!」

寝ろ!、嫌だ!と叫びながら、落っこちている枕を手当たり次第掴んで投げあう。

「おいおいお前らいい加減にし――…」

今まで大人しく事の成り行きをみていた三之助が、やれやれと芝居がかった調子で腰を上げた。
が、間が良いと言おうか悪いと言おうか、縦横無尽に枕飛び交う最中に顔を挟めば、当然そうなる訳で。
私が投げた枕と作兵衛が投げた枕、その両方が見事に三之助の両頬を捉え、それはボトリと布団に落ちた。

「さ、三之助…?」
「三之助ー?」

時が止まったかのように、先程とは打って変わって静まり返る室内。
静かに佇む三之助に呼びかけてみたが、返答はなし。
作兵衛がその肩に触れようと手を伸ばす。
と、ゆらりと動いた三之助がその場にしゃがみこみ、落ちた枕を拾い上げて、ぽんぽんと形を整えた。

「三之助ー?」
「ごめんな…?」

様子を伺うように声をかけ、三之助の正面に回る。
と、すっくと立ち上がった三之助は、枕二つを手にしたまま、じっと私達を見た。

「危ないだろーが。気をつけろよ」
「お、おぅ……、悪い」
「ごめんなー」

珍しく真面目な三之助に、作兵衛が面食らっている。
素直に謝った私達を許してか、三之助はにこりと笑い、片手に一つずつ持った枕をすっと前に出した。
ああ返してくれるのか、と思い、作兵衛と私が手を伸ばす。
と――…

「一発は一発だ!よくもやったなぁああ!」

そう三之助が叫んだ途端、目の前に迫る白い塊。
バフッ、バフッと二つ音が聞こえて、視界に見えるのは白一色となった。
ぶつけられたのではなく、持っていた枕を顔面に押し付けられたようで、三之助の力と布団の上という悪条件に、そのまま後ろに倒れ込む。
幸い下に布団が敷いてあったから、痛みという痛みは感じられないが、私達を見下ろして高らかに笑っているであろう三之助の声が、私の闘争心に火をつけた。
顔面に乗る枕を退け隣を見れば、仰向けの作兵衛の額には青筋が浮かんでいる。
示し合わせた訳ではない、しかし狙う標的はただ一つと、勢いよく起き上がった我々は一斉に総攻撃を仕掛けた。

「う、お!あっぶね!」
「てめぇ、やりやがったな!」
「やりやがったな!」

自分たちが先に仕掛けた事など棚に上げ、落ちた枕を拾っては、先程酷い目にあわせてくれた三之助を狙う。
が、三之助目掛けて投げた枕はひょいと避けられてしまって、更にそれが作兵衛に命中してしまったから大変。
やられっぱなしは性に合わないと、枕は三之助だけでなく私にまで飛んでくる。
一体誰が敵で誰が味方なのかも分からず、ただただ自分以外の二人をしとめようと皆が躍起になりだして、いつの間にか部屋は枕が飛び交う大惨事となっていた。
だから、私達は誰も気がつかなかったのだ。
控えめに戸が叩かれた事も。
その戸が開いた先に、人がいる事も――…。


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