短編

□うたた寝日和A
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可もなく不可もなくといったいつも通りの展開で、鐘の音とともに本日の授業が終わりを迎えた。
今日は委員会なんだ。そう告げて駆けていく数馬に手を振って、僕は長屋へと足を向けた。
今日はこれから何をしようか。
数馬はいないし、部屋には僕一人。
宿題も出されていない、予習は既に終わっている。復習を兼ねた帳面の見せ合いっこは、数馬が帰って来てからでないと出来ない。
突如として訪れた空き時間に、これといって趣味のない僕はすっかり手持ち無沙汰だった。
他の組はもう授業が終わったのだろうか。
組は違えど仲の良い級友に思いを馳せ、開けたままの戸に目をやった。
しかし当然、思ったからといって誰かが通り過ぎる筈もなく、そこから見える光景は絵のように微動だにしなかった。
長屋はまるで、そこだけ別の次元に存在するかのように静まり返っている。
開けた窓と戸から、暖かな陽の光と心地良い風が部屋を満たす。
それが静かな空間と相まって、酷く眠気を誘った。
うつらうつらと座ったまま船を漕いで、かくんと頭が落ちる度に目を覚ます。
そのたびに起きようと目を擦るのだけど、この柔らかな空間ではそんな些細な刺激など何の意味もなさないようだ。
仕方ない、諦めようと自分に言い聞かせ、ふらふらと立ち上がり押入から枕を取り出す。
枕を抱いて、流石にこの時刻から居眠りしているのを見られるのは体裁が悪いかもと思い、誰かしら生徒が通るだろう廊下に面した戸をぴしゃりと閉めた。
戸を閉めた事で、部屋へ注ぐ光は減り、それが尚更僕の眠気を煽る。
光と風が入り込む窓を一瞥し、こんなに心地良い日差しと風が悪いんだと気候に責任転嫁して、僕は枕に頭を預けた。




どれくらい寝ていただろうか。
気付けば僕の顔を覗き込むようにして、誰かが傍らにいる。
僕と同じ色の装束を纏ったその人は、小さく独り言のように僕の名前を呼ぶと、さらりと僕の髪を撫でた。
呼び掛けに返事をしようとするのに、声は出ない。それどころか髪を撫でる手つきが優しくて、更に意識は遠退いていく。
自分の思い通りにいかないなんて、これは夢の中なのだろうか。
思えば、視界はぼやけてはっきりしないし、体は自分の意志とは反した動きしかとらない。
ああ夢か。僕は夢の中にいるのか。
そういえば僕は、暖かな日差しに負けて昼寝をしていたんだ。
だからこれはきっと夢。
はっきりしない視界では、相手の顔などぼんやりとしか分からないのに、何故だか僕には優しく微笑む三之助の顔がはっきりと見える気がする。
きっと僕の願望が見せた夢だ。
だから、こうも都合良く捏造されている。
夢で願いが叶っても起きた時には虚しいだけだと分かっているが、せめて夢の中で位、僕の思うとおりに動いてくれたっていいだろう。
なんで動かないんだ、僕の体は。
髪を撫でる手に触れるくらい、できたっていいだろう。
なのに、夢の中でさえ寝ているなんて。

籐内――…

また、三之助が僕の名前を呼ぶ。
せめてこの柔らかな声に返事位させてくれ。そう思って、思って思って、夢の中だというのに、ありったけの気持ちを込める。

漸く口が開く。
三之助の手が、僕の前髪を掻き上げる。
声が、喉をつく。

三之助――…

声が出たと同時、三之助の唇が、露わになった僕の額に口付けた。


ぱちり、目が開く。
あれほど覚醒を渋っていた僕の頭は、瞼は、今し方見た夢によって、すっかり目覚めていた。

夢――…

はっとして、額を両手で押さえる。じわじわとこみ上げてくる恥ずかしさや嬉しさは、僕の頬を、耳を、見事に赤く染め上げた。
なんて夢を見てるんだ僕は…。
いくらなんでも都合が良すぎる。
勝手にこんな夢を見てしまった少しの罪悪感と、夢の中とはいえ起きた嬉しい展開。
その気持ちに比例して、僕の鼓動はどくどくと早鐘を打つ。
熱く火照った頬を手で扇ぎ、内心様々な感情がひしめき合っていた僕は、きちんと閉めたはずの戸から、夕暮れの涼やかな風が入り込んでいた事に気づく由もなかった。









 

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