短編

□うたた寝日和@
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今日は朝から雲一つない晴天で、これはしめたと布団を干してから授業へ向かった。
本日の授業を終え、長屋に向かう。
きっと朝に干した布団は日光を沢山浴びて、ふかふかと気持ちが良いだろう。
そんな些細な幸せに思いを馳せつつ、干していた布団を取り込みにかかった。
案の定、期待した通りに布団はふかふか。部屋へと持ち込んだはいいものの、それは手放しがたいほどの出来映えで、まだ陽が高いというのに私を誘惑するのだった。
吸い寄せられるように布団に顔を埋めれば、干したての布団特有のあの匂いが鼻腔を擽り、はあ、と一息吐くと同時、体が弛緩していくのを感じた。
だめだ、このまま寝てしまってはまずい…。
布団も片付けないままこんな時刻に居眠りなどしていては、いつ帰ってくるとも知れない同室者に見つかってしまう。
私の怠惰な姿を見たあいつは、きっと鬼の首でも取ったかのようにほくそ笑み、事ある毎にこれを引き合いに出してくるに違いない。
目を覚ませ
体を起こせ
布団から離れろ
そう叫ぶ自分と、少しくらい良いだろうと甘える自分が口論を繰り返す。
予習も復習、自主練もしていない。
ましてや今日は、これから委員会があるというのに。
まあ、正確には、ある"かも"しれないという、可能性の話。
先日の委員会で七松先輩が、六年生の合同訓練が早く終わればやるかもと仰っていた。
しかし、彼の言う『かもしれない』という言葉は仮定ではなく、実行と同等の意味合いを持つから。
だからきっと、いや確実に、今日は委員会があるのだ。
いつ七松先輩や、他の委員が呼びにくるとも限らない。
いつもあれやこれやと小言を口にする私がこんな時刻に眠りこけていたのでは、彼らに示しがつかないというものだ。
起きなければ。
そう自分に言い聞かす。
しかし脳内で出た結論とは裏腹に、私の体は、瞼は、とろとろと微睡みに落ちていくのであった。





滝夜叉丸――…

遠くの方から、私を呼ぶ声が聞こえた気がする。
振り返るが、そこには誰もいない。
空耳だろうか。
そういえば、ここはどこだったか。私は何をしていたんだろう。
突然ぽんと、その場に投げ出されたような、前後のない状況。
まず自分のいる場所を特定しようとすれば、土と、草と、太陽の匂いが鼻腔を擽る。
自分は原っぱにでも来ているのだろうか。
それらを自覚した途端、辺り一面にぶわりと草原が広がった。
青々とした草木と、燦々と輝く太陽。
とても心安らぐ場所だった。
初めて見るはずの光景なのに、その全てが自分の知っている何かに酷似しているような――…
髪を撫でる風、さわさわと鳴る木々、暖かな陽の光、そして土と太陽の匂い。
それらはまるで、あの人が私の髪を梳く指や、名を囁く声、包み込む体温、そしてあの人を思わせる匂いのようだった。
だから安心するのか。そう思ってくすりと笑う。
夢の中でさえ私を捕らえて放さない、あの人の存在の大きさをまざまざと見せつけられたようで、悔しいような照れくさいような複雑な心境だった。
ここはいいな、まだここにいたい。素直にそう思う。
しかし疑似的にでも感じてしまったあの人の存在を、それで埋めることが出来るわけもなく、貪欲な私の心は本人を求めた。
目を覚まそう。
夢から出よう。
そして彼のいる現実で、彼の帰りを待とうじゃないか。
少々離れがたいこの空間に後ろ髪を惹かれつつ、私は夢に別れを告げた。



未だぼんやりした思考のまま、うっすらと瞼を開ける。
夢か、現か。
私の目の前には、まだ緑が広がっていた。
さっきまでいた草原の草木の色よりも、幾分落ち着いた風合いのそれを纏った胸が、私の目の前で規則正しく上下している。
顔をあげようと身を捩れば、まるで逃がさないとでも言いたげに私の腰と頭を抱える腕。
頭上から聴こえる規則正しい寝息に、私は独り寝をしていたのではなかったか、と思いながらも、寝ぼけた思考ではさして気にも止めなかった。
ああ、凄く心地良い。
これもまだ、夢の続きなのだろうか。
夢ならば少しくらい自分の好きなようにしても罰は当たらない、そう考えて、私は規則正しく上下する胸元に、すり寄るように顔を埋めた。
薫る太陽と土の匂いに再び体は弛緩して、暖かな体温を道連れに、私は本日二度目の微睡みの中へと落ちていくのだった。









 

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