短編

□片恋上等!
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がたりと音を立てて蔀が開けられる音に目が覚める。
そこから差し込んだ朝日の眩しさが鬱陶しくて、逃げるように布団を頭まで被った。
ぎゅっと体を丸め、再び夢の世界へ戻ろうと目を閉じる。と、私を呼ぶ柔らかな声が降り注ぐ。

「おい綾部、そろそろ起きろ。遅刻するぞ」

反応のない私を起こそうと、布団の上からぽんぽんと体を叩かれる。
まるであやされているようなそれがまた心地よくて、更に私の瞼を重くした。

「おい、綾部。起きなさい」
「遅刻するぞ」
「綾部」

尚も諦めずに私を呼ぶ声。
いつまで呼び続けてくれるだろうかと少しだけ悪戯心が芽生えた私は、ぴくりとも反応せずに相手の出方を窺った。
しかし聞こえてきたのは私を呼ぶ声ではなく、呆れたような、諦めたような溜め息。
はぁと吐かれたその後に、ぎしりと板鳴りの音が聞こえた。
行ってしまう、そう思って慌てて布団から顔を出す。
と、そこには行李に手を突っ込んだまま、驚いたように此方を振り返る滝夜叉丸の姿。
それはすぐさま笑顔に変わり、

「おはよう」

と、温かな挨拶をくれた。

「……おはよ」

この言葉が、私を夢の世界から連れ戻す。
朝一番に交わす挨拶。
なんて事ない言葉だが、私にとって、そして彼にとって、一番にそれを言う相手が互いであるという事が私を酷く喜ばせる。
これを他人に譲る気などさらさらないから、私は毎日仕方なく、心地よい布団に別れを告げているのだ。
布団よりも心地よい、彼の声を聞くために。
まあきっと、彼は気付いていないだろうけど。

「こら綾部、いつまでぼけっとしているつもりだ」

そう言って滝夜叉丸が蔀を指差す。
彼が開けたそこからは、さんさんと陽の光が射し込んでいて。
部屋や私、そして滝夜叉丸を明るく照らしていた。

「綺麗…」

ぽつりと漏れた声は滝夜叉丸には届かなかったのか、何だ?と彼は首を傾げている。

「なんでも…」
「おかしなやつだな」

ふっと頬を緩ませた滝夜叉丸が、行李に蓋をし立ち上がる。
ずいっと差し出された彼の手には、見慣れた紫の装束。

「……?」
「早く受け取らないか。折角用意してやったのに」

眉を寄せる滝夜叉丸。
そういえば彼はもう既に白い寝間着を脱ぎ捨てて、それを身につけている。
私とお揃いの紫。
差し出されたそれは私の分だったんだと、私が起きたら一緒に行く為に用意してくれていたのだと、気付いて顔が綻んだ。

「なんだ、今日は機嫌が良いな」

くすりと笑んだ滝夜叉丸に、緩んだ頬を引き締めて素っ気なく、別に、と返す。
気持ちが顔に出ない私。
嬉しさも悲しさも、顔に現れない。
分かりにくい、不気味と思われ誤解を招くこの質。誰になんと思われようと気にする性分ではないから、大して気にしていなかったけれど。
彼だけは、滝夜叉丸だけは、何故か私の感情に聡い。
彼曰く、分からないというのが分からない、らしい。
凄いねと褒めれば、私にかかれば分からない事など云々と得意げに話し出す彼。
一番知って欲しい想いだけは、ただの一度たりとも気付いてくれないくせに。

「早くしろよ」

再度私に忠告した滝夜叉丸は、てきぱきと私の布団を片付け始める。
もそもそと滝夜叉丸が用意してくれた忍装束に着替えていれば、すかさず脱いだ寝間着をたたまれた。
そんなに急がなくても…。

「ほら、これで顔を洗え」

井戸から汲んできたであろう水の入った桶と手拭いを渡された。
なんと用意が良いことか。
そして滝夜叉丸はといえば私の後ろへ回り込み、櫛と結い紐を取り出して、今度は髪を結いだした。

「ほら、出来たぞ」

ぽんと一つ頭を叩かれる。

手をやってそれを確かめれば、見事に一つに纏まった私の髪。

「タカ丸さんのようにはいかないがな」

苦笑した滝夜叉丸はすっくと立ち上がり、櫛を片付ける。
タカ丸さんより、滝夜叉丸がいいよ。
言ってもきっと滝夜叉丸はただの褒め言葉としかとらないから、口に出すだけ無駄だろうけど。
これからも滝がいい、滝にしか頼まないよ。

「ほら行くぞ」

いつの間にか戸口に移動していた滝夜叉丸が、此方に向かって手招いている。
未だ座ったままの私に痺れを切らし歩み寄った彼に手を引かれた。
立ち上がった私から離された手を、再び自分から繋ぎ直せば、驚いたように振り返る彼。

「食堂、行くんでしょ」

ぐいと手を引いて先導すれば、滝夜叉丸が苦笑する。

「こっちの台詞だ」

くつくつ笑う彼を横目に、並んで食堂までの道のりを歩く。
また今日も、一日が始まった。
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