短編

□カレー < 君
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キンコンと聞き慣れたチャイムの音が響き渡ると、寸刻前までの静寂が嘘かのように教室がざわめき始める。
ホームルームが終わった事にも気づかぬまま隣で眠りこける綾部を揺り起こし、帰宅の準備を促した。
未だ夢と現実を行き来している綾部に溜め息を吐きつつ、教科書や参考書を鞄に詰め込む。
自分の帰り支度を済ませ、ちらりと隣に目をやると、再び机に突っ伏している綾部の姿。
それを放って帰るわけにもいくまいと、どうしたものかと頭を悩ませた。



「助けてくれえ!」

壊れてもおかしくない、そう思える程大きな音を立てて教室のドアが開かれる。
その音とあまり思わしくない台詞に、教室中の視線が一気に集まった。
勿論私も例外ではなく、皆が注視する方へ目を向ける。

「七松先輩?」

戸口にいたのは、もうこの世の終わりかのような表情をした七松先輩。
きょろきょろと教室内を見渡していた彼とばちりと目があったかと思うと、先輩はまるで猪かのように一直線に私のもとへと駆け寄ってきた。
皆からの視線も、机さえも気に止めずに。

「お願い滝夜叉丸!私を助けて!」
「一体どうしたんです?」

私の前につくやいなや、すぱんと勢いよく手を合わせ頭を下げだす。
理由を聞いても余程取り乱しているのか、お願いお願いとそればかりを繰り返して一向に要領を得ない。

「先輩、ですからどうしたんです?」
「お願い、もう滝夜叉丸しかいないんだ!私を助けると思って、ね?」
「それは分かりましたから、何があっ」
「ほんと!?いいんだな?ありがとう!」

私が口にした『分かりました』を言いように捉えた先輩は、がばりと顔を上げたかと思うと、私の手を取り喜びを露わにした。ここまで満面の笑みを向けられては今更違うとも言えず、曖昧に微笑み返すことで精一杯。
何が何やらよく分からないが、私の放課後が潰れる事は確かなようだ。

「ありがとう滝夜叉丸!そうと決まれば早く行こう!」
「え?行くって一体何処に!?」

私の質問が聞こえているのかいないのか、先輩は何も答えないまま私の腕を掴むと、やって来た時と変わらぬ猛進ぶりで教室を飛び出した。
なんとか鞄だけは掴んだものの、それ以外に構う余裕は毛ほどもなくて、慌ただしく教室を後にする。
級友達からの憐れみの視線と、この騒ぎでも決して起きない綾部の背中に見送られながら。
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