短編

□アナタノミカタ〜ゲンダイニイマシタ〜
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「……、滝夜叉丸、私はもうダメだ…」
「……何を言ってるんですか。まだ始めたばかりでしょう」

もう誰も残っていないはずの放課後の教室。
窓の外からは、部活動に精を出す生徒たちの声。
自分の属する教室ではなく、二つ上の学年が所有するはずのそこで、私は盛大に溜め息を吐いた。
机を挟んだ目の前にいるのは、委員会の先輩にあたる七松小平太、その人で。
いつもの快活な彼とは程遠い鬱々とした面持ちで、机に頭を突っ伏している。
先輩の頭の下、彼の机の上には、教科書やノート、資料集がひしめき合っていた。

「先輩、さっさとやりましょう」
「うぅ……、だって、私には無理なんだ、どうせ馬鹿だから……」
「…、いいんですか?試合、出られなくても」
「〜ッ!やるやるやる!」

ガバッと顔を上げ、教科書を手に取る。
あまりにテストの点数が酷いせいで、顧問の先生からお叱りを受けたらしい。
成績をどうにかしなければ、いくら巧くても試合には出さない、と。
初めは熱心に教科書に目を通していた七松先輩だったが、数行文を読んだだけで、再び彼は教科書を置いてしまった。

「七松先輩……」
「だって!全然分からないんだもの!」

些か呆れを含んだ声で名前を呼べば、必死に言い訳をする。
さっきからずっとその繰り返しで、全然進まない教科書に辟易してきた。

「滝夜叉丸、ごめんな?」
「いえ、私は……」

すまなそうに私の様子を窺う先輩に、仕方ない人だとは思うが、迷惑だとは思わない。
いつも部活部活で忙しい先輩と、こうして二人、静かな時を過ごせるのは久し振りだから。

「それより、教科書を開いて下さい。分からない所は出来る限り教えますから」
「うぅ…」

渋々、パラリと教科書を捲る。
教科は日本史。漢字と暗記の苦手な七松先輩には、少々手強い相手かもしれない。

「で、範囲はどこですか?」
「……、多分、ここの戦のとこ」

傍らにあったノートと照らし合わせて、教科書を捲る。
因みにこのノートは中在家先輩のものだ。七松先輩曰わく、授業時間は睡眠時間らしいから、ノートなんてとっていないのだろう。

先輩が指差した部分を見れば、『治承・寿永の乱』と書かれていた。
二つ下の私だが、ある程度の知識なら持ち合わせているから問題はない。
学年一優秀な私の手に掛かれば、これ位朝飯前だ。

「いいですか先輩。治承・寿永の乱というのはですね、1180〜1185年にかけての大規模な内乱の事です。平清盛を中心とする平氏政権に対する反乱が起きました。最終的には平氏政権の崩壊により、源頼朝を中心とした関東政権、まぁ鎌倉幕府ですね。それが樹立しました。一般には源平合戦という呼称が用いられたりするのですが………、七松先輩?」

ぺらぺらと知識を披露し、ふと七松先輩の方へ目を向ければ、先輩はポカンと口を開けていた。

「……先輩?」
「……だめ、私もうダメだ!全然分からない…。今の日本語だった!?」

眉を下げてあわあわする先輩に、溜め息を一つ。
今の説明では無理だったか。先輩を甘く見ていたと、深く反省した。

「先輩、とりあえず重要語句を覚えましょう」
「…よし!それ位なら多分……」

なんとも心許ない返事ではあるが、これ位はやって貰わなければ、もう手だてはない。
全部を覚えきれないなら、説明問題は切り捨てて、穴埋め問題に絞る方が得策だろう。

「では、戦の名前『治承・寿永の乱』これは覚えてください。あとは年代……」
「滝夜叉丸、これ漢字が……」
「……、読みだけで構いません。答案には平仮名でも良いので、"間違わず"に書いて下さい」
「分かった!……じしょう、…じゅ、えいのらん……」

ぶつぶつと読みを唱える先輩に些かの不安を感じながら、先生方も多少は多目に見てくれるだろうと淡い期待をして、重要な部分を抜粋し、紙に書き出した。
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