Tales of

□一億分の一の期待
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光を遮る様にして揺れるカーテン。

カチリカチリと、決まったリズムがひとりでに部屋の中に響いた。



放課後の誰もいない教室で、生徒会である名無しさんを待っているユーリ。

生徒会は何気に毎日忙しく、帰る時間が普通の生徒より遅れてしまうのだ。


初めはユーリが心配に思い、自主的に始めたものだが、今ではそれが習慣となっている。

時計に目をやり、もうそろそろだろうと扉を向くと丁度ガラガラと扉が開いた。



「よ。お疲れさん」

「……ユーリ。ありがと」


いつものように軽く手を上げ、笑って出迎えると、小さく笑みを作る名無しさん。

だが、それはお世辞にも”元気”とは言えないようなものだった。



「……元気ねーな。何かあったのか?」

「えっ。な、なんでもないよ!大丈夫!元気元気!!」

「………」


暗い顔をしていると思ったら、今度は満面の笑みを無理やり作る。

明らかに空元気な笑顔に、それでなくとも鋭いユーリが気づかないわけが無い。

ユーリはゆっくりと名無しさんに近づき、コツンと拳で額に触った。



「別に言いたくなかったらいいけど…無理すんなよ」


ふっと唇が弧を描き、笑みを作る。

黒い綺麗な意志の強い瞳には、優しさが滲み出ていた。

とても格好良くて妖艶な笑み。

それを直視した名無しさんはほんのり頬を赤らめた。



「んー?どうしたぁ?」



それを見て、今度はいたずらっぽく笑う。

くるくる変わる笑みに、ほんの少し戸惑いながら、ユーリから顔をそむけた。


「な、なんでもない…」


なんだかとても恥ずかしくなって、ぷいと背を向けた。

でもそれがおかしかったのか、後ろでけらけらと笑っているユーリ。


「も、もう…!」

「ははっ!悪い悪い」



頭をポンポンと撫でられる。

子供扱いされているのかもしれないけど…こうされるのは嫌いじゃない、そう名無しさんは内心小さく思った。

ユーリの優しさを、暖かさを感じられて安心するから。





「…ねぇユーリ」

「ん?…なんだ?」



背中でユーリが笑いながら聞いてくれているのだとわかった。

明るい笑みを作って、名無しさんが話すのを待ってくれているのだろう。

容易に想像できるそれに自分は甘えているのだと思うけど…でも。

僅かな期待と大きな不安を抱きながら、名無しさんは言葉を吐き出した。



「わ、わたし…こ…告白、されたの」


一瞬、空気が少し強張った。

普段なら気づかないぐらいの、ほんの小さな小さな変化。

でも人一倍緊張して、ユーリがどうするのか気にしている名無しさんは敏感にそれを感じ取った。

一つ分間があった後、小さくユーリが口を開いた。



「……誰に?」


その声は、今まで聞いたことが無いような、感情を押し殺したような声だった。

少し体が震えた。嫌われたらどうしよう。そんなことばかり頭によぎり、自然と拳を握り締める。

それでも勇気を振り絞って、よく知る相手の名前を言った。



「……ふ…フレ、ン…」


そう言うと、さっきまでの張り詰めていた空気が急に和らいだ。

先程感じたユーリの冷たさも姿を隠し、いつもの調子であぁーと言いながら頭を掻く。

それに名無しさんは少しだけ安堵しながらも、でもまだ怖くて、自分から言い出した事ではあるが、今すぐ逃げ出したくなる。



「…んー…で、名無しさんはどうしたい?」

「…え?」


予想していなかった答えに、ゆっくり後ろを振り返った。

久し振りに見たように感じるユーリの瞳は、思っていたよりずっと穏やかだった。


「その様子じゃ返事してないんだろ?」

「あ…」



確かに、急な告白に驚いて何も言えなくなった名無しさんに気を使ってくれたのか、返事は後でいいと言われ有耶無耶になってしまった。

どうして分ったんだろう。そう思いながら名無しさんはこくんと頷いた。


「…あいつは堅苦しいけど良い奴だぜ。…まぁどうするかは名無しさんが決めることだけどな」

「わ、わたし!」


名無しさんは叫ぶように、縋るように俯きながら言った。



なんて我儘なんだろう。わかってる。わかってるけど…。


「わたし…!」

「…あーわりぃ。やっぱ俺余裕ねーわ」


え、と言う間に目の前にユーリの整った顔が映った。

そこからユーリは名無しさんの前髪を掬い上げ、ふわりと額に口づけた。

何が起こったか理解できなかった。



「…好きだ。他の男のとこなんか…行かせたくない」

「……!!」


口を押さえて顔を真っ赤にする名無しさん。

状況を理解した途端自然と瞳からボロボロと涙が零れ落ちていた。


「お、おい!」

「ちがうの…わ、わたしも…すき…だったから…嬉しくて…!」

「名無しさん…」


ぎゅっと優しく抱きしめてくれた。

優しくて心地よくて、吃驚するくらい簡単にいったそれを受け入れられるまで、そんなに時間はかからなかった。



「…ねぇ、ユーリ」

「ん?」

「……好きだよ」

「…ああ、俺もだよ」








一億分の一の期待












それから二三日して二人は学校一のバカップルと言われるようになった。

そこには嬉しそうに笑う二人の姿があったとか。



次の日、フレンが失恋で寝込んだのはまた別の話。

















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