―――くしゅん!
大きなクシャミをしたブン太は、着替えたばかりのユニフォームから出ている腕を軽くさすった。
「大丈夫ですか?丸井くん」
薬ありますよ、と心配する柳生に、少し考えて首を振る。
「いらね。ちょっと寒かっただけ」
「噂でもされちょるんかもしれんな」
笑いながらそう言い、ブン太の頭にずっしりともたれかかったのは、すでに着替えを終えていた仁王だ。
それを重いと払いのけながら「噂ってなんだよ」と鼻をすする。
「クシャミ1回、噂されってやつ。誉められたんじゃろ」
「迷信だろ。そんなもん」
誰が自分の噂なんかするんだと、まったく取り合わないブン太に対し、しかし仁王はカラカラと笑う。
「そうとも限らんよ」
「なに?」
ガラっと空けた部室の窓。コートに面したそこから聞こえてくるのは賑やかな笑い声。
「アレ。今日も元気じゃの」
他校に来ているということを一応気にしているのか、そうでないのか。外に出ていた部長の幸村と挨拶がてらの会話をしているらしい、アレ呼ばわりされたジローにブン太はこめかみを押さえた。
「……あのバカ」
そうホイホイとやってくるなと言っているというのに。
「くそっ、頭いてー」と顔を顰めて呟くと、こちらを指差した幸村につられて部室棟を向いたジローがブン太に気がつき、全速力で駆けてくるのがわかった。
「まっるいくーん!」
ぶんぶんと手を振るジローの声と一緒に、最近冷たくなってきた風が部屋の中に入りこんでくる。
同時にむずっとした鼻を口と一緒に押さえ、「ふっ…くしゅっ……くしゅん!」と二回続け、うーっと唸った。
「二にそしられ、三に惚れられ、じゃな」
声をころして笑う仁王を不機嫌な顔で睨みつけ、たどり着いたジローの鼻先で窓をバタンと閉めた。
存在を無視された無情な行動に驚いたようなジローが「丸井くーん!?」と窓にすがりつくのが影でわかるが、ブン太はそれを見ずにロッカーから長袖のジャージを取出してきちんと着込み、「先行く」と残った二人に告げた。
ドアが開いたことでブン太が出てきたことを察知したジローが、すかさず嬉しそうにまとわりつく。それをブン太は邪険に追い払う。
「――休ませなくてもよかったですかね?」
そんないつもの光景を眺めながら柳生が仁王に問いかけた矢先、遠くから聞こえてくる盛大なクシャミ。
「丸井くん、どうしたの?」
「るせー!お前のせいだ。今日は近寄んな!」
「えー!なんで!?」
微かに耳に入るそんな会話に、仁王は肩を竦める。
「感染るかもしれんから側にくるな、と素直に言えばよかろうに」
「丸井くんなりに心配しているんでしょうけれど、ねえ」
出来が悪いが可愛い我が子を見守る親のように、顔を見合わせてしかたないと笑う。
理由を知らないジローの嘆きだけがコートに響き渡っている。
「クシャミ4回は、風邪ですから」


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