逆転外伝

□魔法学校物語
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第一章 成歩堂龍一と賢者の石

1.

クルシイ、タスケテ

ガボガボ、と耳を通過する泡とともに空気が抜けていく振動がする。

「(ああ、ぼく、死ぬのかな……)」

クルシイ。
しかし、深い海は恐ろしいモノだとは思っていたが、不思議と恐怖は感じなかった。
苦しいけど、妙に落ち着く。
そんな不思議な感覚のまま、少年の身体からゆっくりと力が抜けて行く。

『オマエハシナナイ』

ふ、とそんな声が聞こえたような気がして、少年の意識は不意にはっきりしたものになる。

「(そうだ。ぼくはまだーーー!)」

その瞬間、身体全体が燃えるように熱くなりーーー。

その日、少年は龍になった。


***

後ろ向きに尖った髪型をした少年は読んでいた本をパタンと閉じた。
図書館で見つけたシェイクスピアという人が書いた話に魅せられて以降、イギリスという国には僅かながらの憧れがあったけれど、まさかこんな形で来ることになるなんて。

『当機はまもなく着陸態勢に入ります。皆様、速やかにお席に戻り、シートベルトの着用をお願い致します』

機長のアナウンスに従って、少年はシートベルトをしっかり締める。

「坊っちゃま、上手く締められましたかな?」

少年の家に仕える初老の男性の言葉に、彼は頷いた。

「うん、大丈夫だよ」

そうして彼はポツリと溢す。

「ご先祖のおじいちゃんもこんな気持ちだったのかなあ」

「龍ノ介様の場合は船旅でしたから、もっと感慨があったかもしれません。到着までに1か月はかかったらしいですからな」

少年の隣に座る''じいや''の返事に、少年は首を横に振る。

「ぼくには1か月なんて耐えられそうにないや」

15時間でもなかなかの苦痛だったのだから、1か月は自分には無理だ、と思う。
ともあれ15時間の空の旅は間もなく終わる。
少年は窓の外を見遣る。
雲間から海が見えて、彼は目を細めた。

少年の名は成歩堂龍一という。
後に''伝説の弁護士''と呼ばれるようになるこの少年は、数奇な運命を持ち合わせていた。
代々''龍''の字を継ぐ彼の一族は、遥か昔に青龍に寵愛され、生命を宿した。
その龍の血は幸か不幸か、自分の代で覚醒してしまった。

「(いやまあ、あそこで覚醒してなかったら死んでいたけど……やっぱり不運だよなあ……)」

超能力というか、霊力というかーーー。そんなものを身につけてしまって、龍一は一番の親友だった矢張政志と離れて、特殊能力持ちが集まる学校に入学することになってしまった。

「(御剣くんもこんな気持ちだったのかなあ)」

小学校4年の頃の三学期、突然転校してしまったもう一人の親友を思い出した龍一は息を吐く。
そしてそのマホウトコロという名前の学校の授業……というか修練は、興味深くもあったが、彼の持つ霊力とは少し違っていた。
星を視、呪符を扱い、式神を操る陰陽術。
経文を唱え、護摩を焚き、仏の奇跡をなす法術。
それらどの技術とも少し違う龍一の力は、マホウトコロの中でも異質なもので、教師たちは己の中の力を直接魔力として放出する西洋魔法を学んでみてはどうか、と提案された。
遠い国に行くという不安はあったが、成歩堂家の家令である''じいや''が着いてきてくれると言うし、ご先祖さまがロンドンで暮らしていたために多少の縁が残っていたこともあり、ロンドンのアパルトマンを借りることが出来たために龍一少年は、イギリスに行くことに同意した。

こうして龍一は''じいや''こと山崎良輔とイギリスのロンドンに到着した。
ホグワーツの新学期が始まる9月1日から約2週間前である。

契約したアパルトマンに到着した二人は、時差と疲労もあり日本から持ってきたレトルト食品で夕飯を済ませたあと早々にベッドに潜り込んだ。
そして翌日は荷解きをして、その翌々日。
二人の元に来客があった。
こちらでは能力が使えない一般人を『マグル』と呼ぶらしいのだが、その普通のイギリス人ーーーマグルの服装からすると、やや時代遅れのワンピースを着た老婦人で、引っ詰めのまとめ髪に四角い縁の眼鏡をかけた姿は、厳格なハウスキーパーを思わせる。

「改めてご入学おめでとう、Mr.ナルホドウ。わたくしはホグワーツ魔法魔術学校で副校長をしております、ミネルヴァ・マクゴナガルと申します。Mr.ナルホドウ、英会話は問題ありませんか?」

「ええと、はじめまして。Ms.マクゴナガル……日常会話は大丈夫です。専門用語は勉強しながら頑張って覚えようと思います」

マクゴナガルはなるべく平易な英単語を使ってくれているようで、自分の英語力でもクリアに理解出来たのでホッと息を吐く。

「それは良いことです。では、こちらが入学許可証になります。原本をお渡ししておきますので確認してください」

そう言ってマクゴナガルは一枚の羊皮紙を龍一に渡す。

「よ、羊皮紙……初めて見た」

馴染んだパルプ紙とは全く違う手触りに驚きつつ、入学許可証に目を通した。
まず目についたのはホグワーツの校章?だろうか。
4つの色に4匹の動物の徽章が印刷されていて、その下には校長(とその肩書き)の名が印字されている。


 ホグワーツ魔法魔術学校
校長 アルバス・ダンブルドア
勲一等マーリン勲章、大魔法使い、魔法戦士隊長、最上級独立魔法使い、国際魔法使い連盟会員

成歩堂殿

このたびホグワーツ魔法魔術学校にめでたく入学を許可されましたこと、心よりお喜び申し上げます。教科書並びに必要な教材のリストは別途お渡しします。
新学期は九月一日に始まりますので、それまでにご準備をお願い致します。

副校長 ミネルヴァ・マクゴナガル


エメラルド色のインクで書かれた文字を追っていた龍一は内容を理解してから頷いた。

「ええと、リストと言うのは」

「こちらがそうです」

もう一枚、羊皮紙を渡されて、彼は目を落とした。

制服
・普段着のローブ三着(黒)
・普段着の三角帽(黒)一個 昼用
・安全手袋(ドラゴンの革またはそれに類するもの)一組
・冬用マント一着(黒、銀ボタン)
※衣類には名前をつけておくこと

教科書
全生徒は次の教科書を各一冊準備すること
「基本呪文集(一学年用)」 ミランダ・ゴスホーク著
「魔法史」 バチルダ・バグショット著 「魔法論」 アドルバード・ワフリング著
「変身術入門」 エメリック・スィッチ著
「薬草ときのこ千種」 フィリダ・スポア著
「魔法薬調合法」 アージニウス・ジガー著
「幻の動物とその生息地」 ニュート・スキャマンダー著
「闇の力―護身術入門」 クエンティン・トリンブル著

その他学用品
・ 杖(一)
・大鍋(錫製、標準、2型)
・ガラス製またはクリスタル製の薬瓶(一組)
・望遠鏡(一)
・真鍮製はかり(一組)

※ふくろう、または猫、またはヒキガエルを持ってきてもよい
一年生は個人用箒の持参は許されないことを保護者はご確認ください

「ちなみに、教科書や学用品はどこで……」

必要なモノは理解出来たが、全くその必要なモノそのものにピンと来なくて困惑したように眉を寄せると、マクゴナガルは少し微笑んだ。

「それらはロンドンにあるダイアゴン横丁で全て揃いますよ。今からそちらに向かいますが、構いませんか?」

ロンドンにあるというならば善は急げだ。
龍一は手早く出かける準備を済ませてアパルトマンを出ると、部屋の整理のために残るという山崎に見送られつつ、二人は慣れないロンドンの地下鉄に乗り込んだ。

「しかしマグルの地下鉄というものはいつも混んでおりますね」

僅かに眉を寄せたマクゴナガルはあまり人混みが好きではないようで、この程度で疎んでいる彼女は、東京の地下鉄を見たら絶句するだろうな、と考えた。

そうして揺られること30分。
二人は寂れたパブの前に立っていた。


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