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パシィンッ...



ある日の放課後。
夕陽に染められた校舎、橙色の光が注ぎ込む廊下に、その乾いた音は響いた。

「いい加減にしてよ…ツナ君…」
「…なん…で…」
「きょ、京子ちゃん…?」

たった今、京子は綱吉を殴った。すらりと細く長い指が伸びるその手のひらを、綱吉の頬に目一杯の力で叩きつけたのだ。

唖然とするハルに、動揺を隠せない綱吉。
唯一状況を理解しているのは、殴った本人のみだった。

「ハルちゃんの気持ち分かってるんでしょ!?なのにっ…いつまでもハッキリしないままこんな…っハルちゃんがかわいそうだよ!!」

普段、怒りも叫びもしない京子が、そう怒鳴り散らした。…が、綱吉は核心を突かれてか、黙り込んだまま何も言い返そうとはしない。

そして肝心のハルは…


「……お節介」
「え…?」

ポツリと呟かれた一言。
消えそうな声…けれども京子にははっきりと聞こえた。それでも、聞き返すことしかできなかった。
ハルが、あのハルが、自分に向かってそんな言葉を口にするなんて、京子は思いもしなかったのだから…。

「そんな事、言ってくれって誰が頼みました?」

「ハルはツナさんに返事をせがんだことなんて無いじゃないですか」

「それがどうしてだか分からないんですか。最低最低っ…京子ちゃんなんか大っ嫌いです!」

そう泣き叫んで、ハルは走り去ってしまった。
立ち尽くしたまま動けない京子…頭の中は真っ白で、後悔の念だけが押し寄せる。

親友…を想って言った事だった。
むしろ喜んでくれると思っていた。
しかし、それはただの都合の良い妄想だったということを、京子は思い知らされた…。

追い討ちをかけるように綱吉が言う。

「京子ちゃん、オレは君が…」
「聞きたくないよ!」

京子は耳を塞ぎ、綱吉に背を向けた。
酷い事をしたと思った。…でも、お互い様だ。

少し経って、違和感を感じた。
ふと後ろを振り向くと…綱吉がいない。

「…?」

深く考える間も無く、襲いかかってきたのは急激な、夜。闇。
日が落ちて、校舎から光が消えてゆく。
いや、"日が落ちて"なんてものではない。もっと速く、速く、辺りが闇に吸い込まれてゆくのだ。
しかし一瞬というわけでもない。じわじわと、京子に恐怖を与えつつ、…来るのだ。

「なに、これ…?……っ!」

前後から迫り来るそれに気圧されながら、ふと窓越しに、京子にとってはより恐怖すべきものを見た。
綱吉とハルが、手を取り合って歩いているのだ。
お互いに、幸せそうな笑みを浮かべながら…。

「なんで、やだ…ハルちゃ…」

ドンッと窓ガラスを叩いた。聞こえていないらしい…ハルも綱吉も、こちらを全く意識していない。

「あ…ああ、行っちゃう…行かないでっ…!」

京子の手は無意識に、鍵と窓を開けた。暗闇も、高さも、もうどうでもよかった。
それからは流れるように、淡々とした行動だった。
何か、台や鉄棒にでも登るように、桟に手を掛け足を掛け、吸い込まれるように彼女は…

「ハルちゃん!!」



飛び下りた。











*



もっと痛いかと思ってた。だってあんな高さだもん。
うん、体は…確かに痛い…気がする。でも頭は違う…ヒンヤリして冷たい。
それと、まぶたが…重い。

「ぅ…ん…」

無理やりまぶたを上げると、見慣れた景色が広がった。
あれ?ここって…私の部屋?
飛び下りて、怪我して…病院とかじゃなく、自分の家に運ばれたの?
っていうかそれ以前に…

「生き、てるの…?」
「はひっ!目が覚めましたか、京子ちゃん!」
「え…」

声のした方を見ると、ハルちゃんがすぐ近くにいたことに気づいた。
首を傾けたために、頭にのせてあったタオル(?)が、ずり落ちた。気になっていた頭の冷たい感触は、これだったみたい…。

「は、る…ちゃん…?」
「よかったですー!倒れたと聞いた時は本当にびっくりしたんですよ!」
「倒れた…?」
「はい!」

ハルちゃんが言うには、私は学校で高熱を出して倒れたらしい。
そのせいで私は早退し、家にはお兄ちゃんが運んでくれたんだって…。
そしてハルちゃんは、今日ちょうど学校がお休みの日で、事情を聞いた時すぐに看病しに駆けつけてくれたのだという。(あ、だから冷やしタオルなんだ)

ということは、どうやら先ほどの一連の出来事は全部…夢…、だったみたいだ…。


「よかっ…た…」
「へ…?は、はひ!?どうして泣いてるんですか、京子ちゃん!?」

だって…あれが現実だったら私、生きていたくなかった…。
ハルちゃんもツナくんも失って、そんなの、生きてる価値の無い世界だから…。

「怖い夢でも見たんですか?」

怖い、とかじゃない。
もっと、歪んだ…、醜くて、汚らしい…私の卑しいところが全部出てた…吐き気がするくらい嫌な夢。(いっそ吐いてしまえば楽になるのかな…?)
でも…残酷なくらい、全てが正しかった。

そう、私は全部知ってるんだ。
ハルちゃんのツナくんに対する想いも、ツナくんの私への想いも。
それから、私の…ハルちゃんへの想いも…。


ふわり…と、頭の上にかかるちょっとした重量感。
ハルちゃんが、私のあたまをそっと撫でてくれていた。

「大丈夫ですよ。ハルが、ついてますから…」

(ああ、もう――…)

「は、ひ…!?」

胸ぐらを掴むなんて、少し乱暴だったかもしれないね…。
でも抑えきれない衝動があって…、私は、気付けばハルちゃんを抱き寄せていた。

もちろん、こんなことをしても何が変わるというわけでもないだろう。きっと私達は、ずっと友達のままなんだ。
ハルちゃんは一生、私の想いに気づくことはない。
…ううん、気づかせるだけなら簡単だ。壊すだけなら、簡単なのだ。
でも、その先に待つ未来があの夢のようならば、私はそんな事したくない。

けれど、それじゃあ私はどうすればいいんだろう?
全部知ってしまった私は、どの想いを優先させればいいの?
自分の気持ちを無視して、ツナくんを好きになればいいの?それとも、ハルちゃんを応援してあげればいいの?

そんなこと、できないよ…


「…京子ちゃん?あの…大丈夫ですか?」
「うん…」
「でも…」
「大丈夫…大丈夫だから…、」

もうちょっとだけこのままで――…



じゃないと私、すぐにでも…






苦しくて、死んじゃいそうだから…。











(ああ…なんて残酷な、)


********
蝶野更良さまに捧げます!リクの京→ハル小説です。
京子ちゃんの片想いは書きやすいですねー(笑
でも書きながら京子ちゃんの幸せを願ってしまいましたorz

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