小説

□怪我の巧名
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たまらなく嫌な予感がしてボクはトリコの元へ向かう。
キッスの背に乗り、彼のお菓子の家へと急ぐ。
近付くにつれ嫌な予感が更に確信に近くなってゆく。
こんな時は、占いが出来る自分がたまらなく嫌になる。
ようやくトリコの家にたどり着いた。が、あいつの荒々しい電磁波が感じられなくて背筋が寒くなる。キッスの背から飛び降りると彼への礼もそこそこに駆け出す。
勢いよく開けたせいでチョコレートのドアが激しく砕けたけれど、そんな事を気になんかしていられない。
トリコの電磁波を探り当て部屋に飛び込む。
「トリコ!」
「へ?・・ココ!??」
トリコは突然現れたボクに驚いた様だけど、ボクはベッドに腰掛けて自分の胴に包帯を巻くトリコの姿に驚いた!
よく見るとあちらこちらに生乾きの傷が見える。
ボクは慌ててトリコに駆け寄った。
トリコの前に立ち、見下ろした彼を一言で表現するならば『満身創痍』。
こんなトリコを見るのは修行時代以来久しく無かったので、ボクは激しく動揺して言葉が出ない。ザアッと血の気が引くのが分かる。
「ココ・・」
トリコは蒼褪めたボクを逆に心配気に覗き込む。頬に触れてくる手を握り締める。その熱さに傷が浅くは無いと分かる。
「ココ大丈夫か?真っ青・・」
「それはボクの台詞だ!!」
人の心配なんかしてる場合か!
ボクの恫喝にトリコは驚いて口をつぐむ。・・・ボクに心配させまいとして先手を打ってるのだと分かってる。トリコはいつでもボクが最優先。大事にされてるのは分かる。でも、それはボクだって同じなのだと、何故理解してくれないのか。
ボクは無言でトリコの怪我の具合を見る。体質的に医者に掛かりたくないボクは、自分である程度の事が出来る様に独学で医学を学んだ。でもこんな事に役立っても嬉しくない。トリコにはいつだって元気で笑っていて欲しい。
・・肋骨三、いや四本に鎖骨骨折、左手首捻挫。裂傷多数。骨折のせいで熱が出てる。ボクは黙々とトリコの傷を確認する。ボクの真剣な様子にトリコも大人しくしている。時折眉を顰るのは痛みのせいだろう。
一通り見て、命に係わるような傷がない事を確認し、ほっと息を付いた。
 漸く落ち着いてトリコの顔を見ると、叱られる前のわんこの様な顔でボクの顔色を伺っていた。
思わず笑ってしまいそうになるけど、甘い顔をしてる場合じゃないから、わざと怒った顔をしてみせる。
「・・・」
「・・ココ?」
「・・・・」
「・・ココさん?」
不安そうな顔を近づけてくるトリコの両頬をバチンッと引っ叩く。
「痛って!」
もちろん手加減したけれど、擦り傷だらけなので流石のトリコでも痛かったようだ。いい気味だ!
ボクなんか心配で寿命が縮む思いだったんだからな。
「ひでぇよココ。俺、怪我人だぜ。労わってくれよ」
情けない顔で泣き言を言うトリコを一睨みで黙らせる。
「心配させるお前が悪い!」
「・・スイマセン」
素直に謝るトリコに苦笑する。
ああダメだ。ボクはやっぱりトリコに甘い。怒り続けるのが難しいくらいに。
「ココ、やっと笑った」
「バカトリコ、さあ手当はボクがするから包帯寄越せ」

〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・

一番重傷な肋骨の折れた胴体の固定が終わり、小さな裂傷の消毒を始める。
「全く、いったい何にやられたんだ?」
ボクはオキシドールをつけた綿花で丁寧に傷を消毒して行く。全身擦過傷だらけだ。いったいどんなやられ方をしたんだ。
「四天王のお前にこんな大怪我させるなんて、どんな凄い食材なんだよ?」
ボクも四天王の一人だ。トリコがここまでやられる食材に興味が湧く。
トリコは言いにくいそうに無事な右手で鼻の頭を掻く。ボクは首を傾げて答えを促す。
「あ〜、象熊だ」
トリコが渋々と言った感じで食材の名前を口にした。
「象熊!?マンモスベアー?」
「痛て〜!」
ボクは驚いて綿花を挟んでいたピンセットを傷口に刺してしまった。慌てて痛がるトリコの傷口をフーフーしてやる。
「ごめん。でも象熊ってお前初めてじゃないだろ?確かに捕獲レベルは高いが、お前が勝てない相手じゃない」
「・・・んーまあな」
「まさか油断したのか?」
歯切れの悪いトリコを睨みつける。
「いつも言ってるだろ?美食屋は危険と隣り合わせの仕事だ。油断なんかしたら・・」
「子連れだったんだ」
ボクのお説教を遮りトリコが呟く。
「失敗した。 母熊の匂いまみれで子熊の存在を見落とした。仕留めようとした時に気付いて、 躊躇ったらこの様だ」
トリコは肩を竦て苦笑する。ボクは笑えずトリコを見つめる。 「薙ぎ払われて叩き付けられた先が岩石だ。岩が砕けて傷だらけさ。途中で左手ついて衝撃を和らげたつもりだっんだが甘かったな」
「このバカ!!」
へらへらと失敗談を語るトリコを怒鳴り付ける!
「獲物を目の前に躊躇ったりするな!もしも死んだらどうするんだ!?」
「でも俺は喰わない獲物は殺さない」
「トリコ・・」
トリコは笑うのを止めて真剣な顔でボクを見つめる。
「俺のポリシーだ。お前も知ってるだろ?」
・・もちろん知ってる。
「だけど、仕留める気だったんだろ?」
「子熊は違う」
「・・・・」
「母熊を殺したら結果的に子熊 も野垂れ死ぬ。俺は子熊の命に責任が持てない。だから子連れの動物は殺したくない」
・・・トリコは美食屋にしては優し過ぎる。食べる為にしか殺さない。まるで誇り高い百獣の王のようだ。そんなトリコが堪らなく好きだ。
でも・・・。ボクの目から涙が零れた。ずっと我慢してたのに!
「ココ・・」
「もしもお前が死んだら、ボクは生きて行けない」
止まらない涙をトリコの傷だらけの指が拭い取る。やんわりと抱きしめられる。ボクは傷に障らないようそっとしがみつく。 「大丈夫だ。こうやってちゃんと生きてるだろ?」
「今回は、だ。いつも無茶ばかりするお前にボクは寿命が縮まる」
「それは困るな。二人で長生き して美味いもんいっぱい喰わなきゃなんねえのに」
トリコはあやすようにボクの背中を叩きながら、笑う。
「俺はココを残してなんて死んでも死に切れねー。だから絶対死なねえ」
「・・どんな理屈だよ」
「屁理屈?」
「バカ」
「知んねえの?恋する男は無敵なんだぜ?」
トリコは男前なウインクをしながらボクの唇にキスをする。
このウインクに弱いボクはそれにうっとりと応える。
・・が、トリコの手がボクの身体を妖しく這いだしたので、小さめの傷口を軽く抓ってやった。
「痛てえよココ」
「当たり前だ、重傷患者のくせに調子にのるからだよ」
「だって可愛いココが腕の中にいるんだぜ?したくなるだろ、普通?」
「バカ、骨折してるから熱が上がってる。絶対安静に決まってるだろ」
え〜っ!と不平を述べるトリコの額に軽いデコピンをくれてやる。
「よくなるまで看病してやるから、早く元気になれ」
「えっ、泊りでか?」
今しょぼくれてたクセにもう元気になる。現金な奴だ。
まあ甘い香に溢れたお菓子の家が苦手だから滅多に泊まってやらないボクからの申し出だから無理もないか。
「ここまで毎日通うのはキッスが大変だからね。暫く泊まらせてもらうよ」
「ラッキー!怪我の御蔭で暫くココと同棲だ」
「・・・バカトリコ」
無邪気に喜ぶトリコにボクは苦笑する。本当に早く元気になってくれよ。
カルシウムをいっぱい食べさせなきゃな。早速食事のメニューをアレコレ考えるボクだった。

おしまい

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