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□req02
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 を肺一杯に吸い込むと冷たい空気が体内を満たし、体の中心から言い知れぬ感情が湧き上がる。

 自転車に跨り軋むサドルに重心を預け、耳にイヤフォンを差し込み、ペダルを踏み込むとタイヤが周り朝日を反射してキラキラと光るその姿が眩しく目を細める。徐々にスピードの増す自転車に合わせるように、鼓膜を震わす軽快な音楽に口ずさみそうになるのを抑えるためにハンドルを握る指で音を刻む。

 暖かい日差しを背に、走り抜ける町並が後ろへ流れていく様をぼんやり見送りながらペダルを扱ぎ続けていると背中に強い衝撃を感じた。


「よう、政宗」


 顔を横に向けると、朝日をバックに図体には似つかわしいくらいの豪快な笑みを浮かべる元親が政宗同様自転車に乗っていた。朝から元気な奴だと胸中呟き、低血圧の自分には眉間に皺を増やすことしか出来ないのに、どうも目の前の者はそんな事は一切感じられない様子で先ほどから通り過ぎる人々から挨拶をされ ていた。


「So, crazy.…お前は顔が広すぎる」
「お前に関心が無いだけで、お前自身は有名人だろ」


 同じ学校の生徒からは男女、学年問わず、近所の知り合いなのかどうかも分からない幼稚園児くらいの子供から腰の曲がった年寄りと様々な年齢層から挨拶をされる悪友に驚き、それと同時に義理堅く人情深い兄貴肌の元親に感心した。自分は人に助けられることはあっても、人を助けることは出来ないのだからなと 塞がれた右目に手を添える。


「何暗い顔してんだよ。早くしねえと遅刻すっぞ」


 掴まれた右手と交わる視線に短く言葉を紡ぐと、嬉しそうに返事を返し少し先を走る元親の背中を見つめる。

 掴まれた右手にじわじわと血液が流れ、そこで循環を止めた様に熱を集める。酸素と二酸化炭素が交互に入るはずの心臓が二酸化炭素ばかりを溜めていき、肺には少量の空気しか入ってこない。それなのに頭は妙に冷静で、先ほどの元親の動作を一つひとつスロー再生するように思い出させる。


(掴んだ左手も何時かは他の知らない女を抱いているんだ)


 自分たちは男同士で、同性者達の恋情は世間的に許されていなくて、元親もこれ以上の関係は望んでないだろうことは分かっているのに求めてしまう自分は汚い。それでも、好きだと叫びたい。気持ち悪がられてもいい。軽蔑されてもいい。しかし、踏み出せないのは手放したくない大切な人だから。

 近い将来元親の隣には見知らぬ女性が立っていて、そこには自分が入り込む隙間は無くて、それでも幸せそうに笑っている元親が変わらず自分に笑い掛けてくれるなら、そんな未来も良いんじゃないのかとジワリと痛む火傷の痕の様な胸の疼きを見て見ぬふりをしようと思う。





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