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アイツに会ったのは、桜も散り夏を思わせる深緑の葉が、芽吹き始めた頃。

まだ小学生の幼さを残し、筋肉も未発達な奴を見て、思わず出た言葉が"ヒョロイ"だったのをよく覚えている。

しかし、その"ヒョロイ"のが実は駿足で、瞬発力があるのを知ったのは入部後直ぐのこと。実力はかなりの者。





そういう奴は、何かと世話したくなるのが"センパイ"ってもんだろ。



内外野で分かれての守備練では、慣れた手つきで自慢の脚と反射神経で自分に向かってくる緩急様々な白球を綺麗に捌いていると仲沢は、視界の隅でグローブを弾き自分の後方へと逃し新入部員に、そんなので試合が出来るかと、まだ硬球に慣れていないのにも関わらず容赦無い罵声が投げ付けられていた。

一部の新入部員は、小学校からシニアに入っていた者も居て、恐れず向かってくる強襲に果敢にも飛び付く奴が居たが、補球の仕方がまだ出来ておらず、危なっかしい者が大半だった。



"これは一から教え込まねえとな"と面倒臭い思いもあったが、教えて伸びる姿を見るのは何よりも気持ちの良いことを仲沢含め上級生の者たちはよく分かっているため、逸る気持ちを必死に抑えていた。

そんな中監督に呼ばれ、"可能性をある奴等は、お前達3年が直々に教えてやれ"と言われた。

なら、"アイツ"を育ててみたいと思い、早速声を掛けにいった。



「おい…。」
「っす!仲沢先輩。」



肩を強張らせ球に向けていた視線を、背後に居た仲沢に向けると一瞬恐怖の色を浮かべ、悟られない様に必死に隠しているのが伺えた。

"だろうな"己の体格、顔貌、年齢を考えれば怖がらない後輩の方が珍しいのだが、そんなものを気にしてはいられない。

その後も能力の高い一年幾人かに声を掛け、次回から別メニューでやることを告げに周った。





部活も終わり、重い体を引き摺る様にして部室に向かう一年の中から目当ての人物を見つけ、頭を掴むようにして“明日から覚悟しろよ。”と、それだけ一方的に告げると、自らも部室に足を向け歩き始めた。

そして、その背後からやたらと元気な声で、"しゃっす!"と返ってきた。



その後は人に物を教えると言う行為が堪らなく楽しい事を仲沢は再確認された。

吸収の早さが人一倍早い島崎には、特に打撃から守備までトコトン体に教え込ませた。



「投手が嫌がる打撃はな…、」



仲沢は、こごぞの時の打率の高さと長身を生かした脚力で3番打者を荷っていた。

そして、群を抜く程目が良い島崎を自分の後釜にしたいと思いクリーンナップとして必要な事を叩き込ませた。

慎吾の脚力で試合を掻き回すのも悪くない。

しかし、島崎はやたらと心理戦が得意だった。

仲沢も相当の性格の悪さで相手を撹乱させる技術を備えていたが、島崎は自然とそれをやってしまう嫌らしいスラッガーだった。






時を経て3年後――

またあの時と同じ季節がやってきた。3年振りに会った島崎はまだまだ細かったが、あの頃と比べたら大分身長も伸び、筋肉は盛り上がり服の上からも成長の一途を告げていることが分かった。

高等部は、中等部より試合間の期間が短い。

その上、桐青学園は県内でも有数の実力校の一つなので、一年を通してほぼ試合漬けの状態。

それに伴い、新学期最初の部活は、実力テストを行い監督に自己アピールをして自分で伸し上がり、ベンチ入りの切符を取るしかない。

もし、此所で予想に反して力不足だった場合3年間アルプス、もしくは退部の道しかないので皆必死だった。



そんななか島崎を含む数人の1年は投打走など総合的に飛び抜けたものがいる。

その中で、監督に目を付けられたのが憎らしくも島崎だった。



「呂佳!」
「はいっ。」


丁度50mのタイム測定が終わった頃、監督に呼ばれた。監督に一礼し顔を上げると監督の視線は仲沢では無く島崎を追っていた。

"あの1年、お前が仕込んだな?"横目で確認され、打力テスト中の島崎を視界に入れた。

そして、中等部時代教えていたことを話すと満足そうに頷き、"だろうな…やり方が似てやがる"とニヤリと笑われた。



全部員を測定し終わる頃には、日も沈み辺りが暗くなって来たので取り敢えず今日の部活は早目に上がる事になった。

新入部員全員は覚えきれていないが、その中に見覚えのある顔に声をかけた。



「和己。」
「っす!呂佳さんお久し振りです。」



2年ぶりにあった河合は、さらに大きくなり捕手として最高の体格となっていた。

"成長線はまだ閉じちゃいないな…。"と、まだつむじの見える頭を鷲掴みにして力を少し加えると、下で痛いと批判の声が漏れた。
"
相変わらず愛が痛いですよ""先輩からのだから素直に受け取れ"とふざけていると横から気配がし、急いで塞ぐと軽く舌打ちが返ってきた。



「何のつもりだ?」
「愛情表現?」



ハハッと疑問で返された事にイラッと来て卍固めをキメると情けない声が下から聞こえた。

余りやると折れてしまいそうなまだまだ軟弱なボティに一発入れると離してやった。

咳をしながらも、何処か楽しそうに"お久し振りです?"とまた疑問系で答えられた言葉に島崎の捻くれた性格がよく出ていた。



着替え終わり部室を出る頃には、空には一番星も輝き昼と夜が混合する2層の色が空を覆っていた。

帰るかと鞄を掛け直した時、後ろから呼ばれた。



「呂佳さんってチャリ通っすよね?」
「…送らねえぞ。」



先を読まれた返答に、島崎はまたハハッと笑うと"じゃあ駐輪場までお供します。"と短い距離を並んで歩いた。


ただ何を話す訳でもなく無言で歩き続けると直ぐに駐輪場に辿り着いた。

鍵を入れロックを外すと、自転車に乗り黙って見つめる島崎をひと睨みする。

“何がしたいんだ?”と何か言いたそうに口を開くが直ぐに噤む島崎に苛つき、"じゃあな。"と一言言い残しペダルを漕ぐと、小さくて聞き取れなかったが何か言ったのだけは分かった。





「追いかけて来ましたよ…。」.
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