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蝉が鳴く真夏の青空から色が奪われた。いつも輝いていたマウンドには、投手を中心に歓喜を叫ぶナイン達の姿。
状況に頭が着いていかず、立ち尽くす俺に投げ付けられたのは残酷な短い言葉。
その後何があって、どうやって家に帰ったかの記憶が全く無い。
目に映る自室は、モノクロの世界で、ただそこで白く眩しい白球だけが、無造作に転がっていることで夏が終わった事を無言で告げていた。
いつの間にかそのまま寝てしまっていたのか、気が付いたのは深夜零時過ぎだった。
試合の後にダウンをしていなかったと思い、怠い体を持ち上げた瞬間に浮かび上がった"負け"の2文字。
そうだ、もう終わったんだ…。とやけに冷静な頭で考えている自分がいた。
負ける気がしなかった、負ける訳が無かった。
なのに、呆気なく終わってしまった夏。
今までの野球人生の集大成の結果が初戦敗退。
別に驕っていた訳ではないが、あのメンバーなら甲子園だって夢じゃないと思った。
雑誌にすら、死角無しと豪語されるほどの自信はあった。
それでも、野球の神と呼ばれるものから俺達は見放された。
一点差で迎えた延長10回、桐青の攻撃。此所で逆転しなければ続く試合。
二死三塁で打者は俺の前の奴。ファールと粘ってフルカウントの場面で投手の右腕から投げられたのは今日最高の150km/hのストレート。
手が出せる訳も無く見逃し三振。ネクストボックスでバットを握り締めたまま動けずにいた俺に声をかけた後輩の目が充血して真っ赤だったことをぼんやりと思い出した。
その後は、部員に会える訳も無く、会ったら怒鳴り散らしてしまいそうで部室に顔を出さなかった。
そして、野球から離れるためにグローブからスパイク、雑誌と野球に関わる全ての物を段ボールにしまい、クローゼットの奥深くに記憶を消すかの様に押し込めた。
そのときからだ、神と言うものも信じられなくりクロスなどを捨てた。
それを見て利央が泣きながら止めてきたが、所詮あいつに俺の気持ちが分かる訳も無く、捕まる細い弟の腕を振り払い部屋の物を片付けると、殆ど空に近い部屋となり自分がどんなに野球に明け暮れていたのか痛い程身に染み、同時に憤りを感じた。
その後は、野球の無い生活をしようと高校卒業と同時に家を出た。
しかし、目につくのは野球ばかり。
通り過ぎる球児達を見ては、胸を締め付けられるが目は自然と追っている自分もいた。
そして、終わってしまった夏から何回目の夏が過ぎた頃だったか、滝井からの連絡でまた野球に戻ってきた。
最初は、気が進まなかった。
だが、肩を壊したあいつでさえまた監督として戻ってきたのだ。
俺も戻れるだろうか、あの炎天下の眩しい球場に…一緒にまた甲子園を目指そうと言われた時に、野球をもう一度やっていいと許された気がして、目頭が熱くなった。
そして、今迄あの高校三年の試合から止まっていた時間が動き出した。
俺には野球が必要で、人生には欠かせないものだとよく分かった。
俺の夏は終わった。だが、今度は美丞の奴等に夏を賭けてみたい、と思った…。
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