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炎天下の空の下、手を額に翳し遠くの空を見上る背中から情けない声が洩れてきた。
「慎吾、どうしたんだ?」
気になった河合は目の前で怠そうに振り返った島崎を不思議そうに見つめた。
「あれ」
短く答え、その指差した先に視線を向けると大きな入道雲が青空に浮上っていた。
何がそんなに嫌なのかと思っていると、島崎は呆れたように溜息を吐いた。
「入道雲の後には雨降んだよ。今日雨降るなんて聞いてねえよ」
納得した河合は、今日の朝傘を渡してくれた母に感謝した。どうするかなあ。と夏の蒸す雨に濡れるのが嫌いな島崎はブツブツ言いながらノックの用意のためベンチへと向かった。
雨が降る事も無く、部活も終了しさっさと着替えて帰ろうとした島崎を裏切る様にして屋根にぶつかる鈍い音が部室に響いた。
(まじかよ)
ロッカーに両肘をつき、自分の運のなさにうなだれていると後ろから控え目に自分の名を呼ぶ声が聞こえたので首だけ振り向くと真柴が立っていた。
何かと思い首を傾げると、
「慎吾さん、これ使って下さい」
真柴は緊張した面持ちで、折畳み傘を渡すので島崎は慌て、返そうとした。
「大事な3年生に風邪をひかれたら困ります!」
「だからって、迅ちゃんはどうするの。一緒に帰れば良いでしょ?」
「慎吾さんと家逆方向です」
言合いの終いには胸に押しつけられ、これで風邪なんててひいたら一生慎吾さんと口聞きません。と言われ素早く着替ると逃げる様にして帰ってしまった。
「一生口聞きません。だって〜慎吾は可愛い後輩の思いを踏みにじるんだ〜」
背後から覆いかぶさった山ノ井が間延びした言葉で茶化すが、言っていることは己の良心に深く刺さるので有難く借りることにした。
その次の日には雨も止み、昨日の雨が嘘のように澄み渡った青空なのに、その空の下に真柴の姿は無かった。
まさかと思った島崎は同級の仲沢に聞いてみると案の定風邪をひき欠席だと分かり、肩を落とした。
真柴の姿がグラウンドで見ることが出来たのは傘を借りてから四日経ってからのことだった。
来るなり監督に呼ばれ、自己管理が出来ない奴がレギュラーなんか取れるか。と離れてキャッチボールをしていた部員に聞こえる程檄を飛ばされていた。
「迅ちゃんはあの後走って家に帰ったの〜?」
「っ…、はい」
「何で俺に貸しちゃったのよ」
練習に戻ってきた真柴と肩慣らしのためにキャッチボールをしていた島崎は、聞きたかった事を問うと真柴は押し黙り、暫しの沈黙の後話し出した。
「お、れは…、」
ぽつりぽつりと話す真柴の話を聞くにつれ、島崎は複雑な顔つきになっていった。
「だから、…」
「つまり迅ちゃんは俺のせいで風邪引いたと」
「ち、違っ」
「わない」
肩を落とし、グローブを一回叩く。確かに高校最後の夏で、体調不良なんて笑えない。
しかし、だからと言って自分を犠牲にしてまで俺の心配をしてくれるなんて。
真柴の自分に対する信頼の厚さと気遣いに頬の筋肉が緩む。すっと顔をあげ、
「ありがとな」
目元が下がり右頬を掻く、島崎が照れた時にする癖に真柴はいつの間にか強張っていた体の力が抜け、つられる様にして笑った。
「よし、キャッチボール終わり!!守備練入るぞ〜」
和らいだ空気の島崎に大きく返事を返し、駆け寄った真柴の頭を軽く小突き顔を耳に近付けると、
「そのかわり! 今度は一緒に帰ろうな」
耳まで赤くした真柴は頷く事しか出来なかった。
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