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まだ梅雨明けのしない蒸す空気に、肌に気持ち悪く張付くYシャツが鬱陶しくて堪らない。

それでも、二日後に迫った夏季地方大会に向けてテストボケした体を無理矢理奮い起こしてジメジメしたグランドに出て行かなくてはならない。

重く薄暗い曇空に活力を根こそぎ吸い取られそうだが、今年で高校野球も終わりなんだと思うと胸が熱くなる。


今年は甲子園に行けるだろうか、いや語弊だ。今年も行く、だ。三年だけでは無く、全部員の思う事はただ一つ。

その夢を、夢で終わらせないために今日も練習に励む。



今日でテストも終わり、本格的に野球部の夏が始まると言う事で教室で河合と島崎は練習メニューの打ち合わせを兼ねながら昼食を済まし、腹に弁当が収まり7割方消化された所でユニフォームに着替えた。

畳んだ制服をエナメルに押込み下駄箱に向かう途中で、一緒に食事を食べていたらしい松永、前川と合流し、そのまま喋りながら部室棟に向かった。



野球部専用部室に着くと、ドア前で騒がしくしている1年生が目に入った。

あっちもこちらに気がついたのか、帽子を取って挨拶をしてきた。


何事かと河合が聞くと、湿気で蒸したサウナ状の部室が汗や泥などの臭いと混ざり合い入れたものじゃないと代表として仲沢が涙ながらに訴えてきた。


まだ1年は慣れないか。と一言残すと何事も無いかのように3年生はズンズンと中に入っていく。

後ろから後輩の悲痛にも近い溜息が漏れるのが聞こえたが敢えて無視して、おら、さっさと用意しろー!と笑みを浮かべながらこれを権力乱用って言うのかな?と、島崎は頭の片隅で考えながら急いで準備に走っていく後輩の背を眺めていたら入れ替わりで本山と山ノ井が入ってきた。

島崎先輩こわ〜いと絡んでくる2人を置いてスパイクとグローブの入った袋を引っつかみアスファルトの浮かぶ道を出て、校舎から離れたグランドへ自転車を走らせた。



グランドに挨拶をし、先に来ている後輩へ挨拶を返し、荷物を置いて準備をする。

全員が集まった頃合に監督が来て、脱帽して礼。夏大の出場選手20人+各学年から5人の計35人は最終調整のための攻守の練習。

その他の部員は、準備体操後は隅で応援練習のチェック。

何時も通りの夏大前の光景に視界が遠のくのを島崎は感じた。

気分が悪いとかでは無い。永遠と思えた高校野球、仲間とのふざけ合い、止まる事の無い汗に何処か気分が落ち着かない。

この大会が終わったら事実的に引退になると思うと焦燥感が心をざわつかせる。

何で野球始めたんだっけ…とふと思い、目の前で守備練をする部員の背中を眺めていたら尻に衝撃を感じ、振り向くと他のセンターを守る部員が並ぶ列に戻る山ノ井から、ぼっとしてると得意のレザービームが慎吾襲うぞ〜。と警告ではあるが、軽く死の宣告でもある台詞に島崎は身を引き締める。





日も落ち、ナイト設備用の照明塔からボールが少し見辛くなる頃にやっと一日の部活が終わる。

また始めと同じ事を逆回しするように道具を片付け、整備をして、ダウン、グランドに挨拶、短いミーティングを済ませると重く疲れきった体を引き摺るようにして暗くなった校舎に戻る野球部員の行列はちょっとした恐怖だ。

生気を無くし、口数も少なく歩く様は一般生徒もドン引きの光景である。



シャワー室で汗を流し、制服に着替えて部室を出る頃には空に満天の星が輝いていた。

帰る頃には涼しい風が頬を撫でるので快適に帰宅出来る。

家が向かいで幼馴染の島崎と山ノ井は、皆に別れを言い早めに部室棟を出た。

お互い疲れている上に、帰る時間帯には車の交通も殆ど無いだけあり蛇行運転しても咎める者は誰も居ない。

まるで世界に2人っきりみたいだな〜と島崎は笑いながら隣を同じ様に走る山ノ井に言うと、う〜んと気だるげに答えが返ってきた。

その後は、小さく鳴く虫の鳴き声と、点滅する街灯が2人を照らすのみで静寂に包まれた。

あと一つ角を曲がり、直線を数分で家に着くと言うところで山ノ井が口を開いた。



「最近慎吾何考えてる〜?」
「ん〜? いきなりどうしたの」
 


急に確信を突く様な物言いに思わずたじろいでしまった島崎は、誤魔化す様に今日は七夕ですねー。と話題を変えようとした。

しかし、誤魔化しが効かない山ノ井は1人で喋りだしてしまう。


「心、此処にあらずって言うか…、不安でもあるのかな〜って思いまして」
「あらー、圭輔君よく見てますね〜」
「伊達に17年も一緒に居ませんよ〜」


間延びしてふざけた口調だが、胸にどしりと重く圧し掛かるかのような台詞に柄にも無く焦る自分に舌打ちをしてしまう。

こういうときに腐れ縁って面倒臭いなと思ってしまう島崎の心を読んだ山ノ井は、溜息を一つ吐き、少しの間のあと言葉を続けた。



「俺らは大丈夫」


今までのだらけた感じを一切感じさせないはっきりと言われた言葉に息が詰まった。

それと同時に、軽くなった心に恥ずかしさが込み上げた。

全部お見通しかよ…、敵わない訳だ。と目頭が熱くなるのを感じた。

今まで感じていた苛立ち、焦り、虚しさ全てを吹き飛ばしてくれる幼馴染に頼もしく思う。



「そうだな、…」



この先何があるか何て分からない。

だったら、どんと胸張って構えてれば良いんだよな。簡単な事だ。何でそんな簡単な事に、此処まで考えていたのか馬鹿らしくなった島崎は突然糸が切れた人形の様に笑い出した。

しかし、笑っているのに喉が痛くて、次から次へと涙が零れ落ちる。

その横で、目を細めて夜空を仰ぎ見る山ノ井の影が月に照らされ細長く後ろに伸びていた。







願うは、共に居た仲間を忘れないように…
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