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□Challenge!
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滝のように美丞の坊主達と一緒に走ってはいないのに、体にのし掛かる疲労でまともに歩けているのか分からない。

しっかりと両足で地面を踏んでいるつもりだが、きっと他人が見たら不格好にしか見えないのであろうと思うと自嘲の笑みが浮かぶ。



(歳はとりたくないもんだな)



まだ20代前半の成人男性の平均よりは全然体力はあるが、現役時代の己を知っている身としては日々衰えているのがよく分かる。


膝が笑いそうになるのを必死に叩いて黙らせると美丞の学校から程近い所で借りたアパートの階段を上り、自室へと向かった。



(部活は午後から…風呂、は朝で良いか。飯はめんどくせーから無し。洗濯、…も明日)



鍵をあけ開いた扉の先には、無造作に散らばった各高校のデータ解析の紙、試合を納めたビデオが山積みにされて置かれている殺風景な1LDKの個室。


その中心にひかれた布団に行く前に、喉の渇きが訴えた。

何か飲み物は無かったかと冷蔵庫を開けると、冷えた炭酸水が目に入った。

それを一気に飲み干すと心地良い冷たさと刺激が喉を通る感覚に疲労が和らいでいくのが分かった。
そして、口元を拭うとそのまま倒れ込むように布団に入り、直ぐに意識を手放した。





朝。

カーテンから差し込む光に目を覚まし、携帯で時間を確かめると9時を少し過ぎた頃だった。運良くバイトも入ってないからゆっくり出来るなと思った矢先の呼び鈴。

「チッ(誰だよ…)」
「呂佳さーん!俺です、島崎っすー」

寝起き一発、慎吾の顔を拝むのかと思うと嫌になるが、先程からずっとドアを叩く音に苛々が募る。

痺れを切らした俺は、乱暴に扉を開くと突然開けられた扉に一歩離れて驚く慎吾の顔があった。



「わっ、ぶねー!……あ、はざいます。もしかして起きたばっかっすか?」
「だったら何だよ」
「いや、特に要件がある訳じゃないんすけど忘れ物しまして」



忘れ物と言って敷居を跨いだ慎吾は、飾りとばかりに付いている焜炉の隣りにある水面台を見た瞬間叫んだ。



「いちいちうっせえなあ!」
「痛っ、……ちょ、今脳味噌揺れましたよ?てかこれえ!!」
「あ"?」



これと言って目の前に突き出されたのは、昨日飲んだ炭酸飲料が入っていた空のペットボトル。



「何だよ」
「何だよも糞も無いっすよ!…これ数量限定のレア物なんすよ?!」
「で?…何でそんなレア物を俺の冷蔵庫に入れてんだよ」



慎吾は、頭を抱え唸る様な動作の後に俺の冷蔵庫に入れた忘れていった経緯からその物の価値について熱く語っていた。

しかし、バカに割く時間も惜しい俺は、いつだが読んだ哲学者正義論について語ってやると素直に帰って行った。





正義は必ず勝つのだよ



「一つ、他人の冷蔵庫に私物を入れ、万が一無くなっても反論する規定は無い。一つ、それが他人の物か否か曖昧だった。一つ、そこに正しさが成立するか。成立してもその時の俺は疲労困憊で正しい判断が下せなかった。以上のことからどちらにも非が無く争っても無意味。…分かったなら帰れ。」






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