薄桜鬼V

□もう少し
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女性を泣かせてしまった場合どうすれば良いのかなど、斎藤には分からなかった。
目の前で肩を震わせて泣く千鶴を見つめることしかできない、自分の無力さに腹がたった。
それ以前に愛する女性を泣かせてしまったことに苛立った。


しかし千鶴は、斎藤さんは悪くないです気にしないで下さい、と先ほどからそればかり。
それも無理やり作ったであろう笑顔で。

千鶴にそんなことを言わせる結果になってしまい、自分を責めた。
千鶴を泣かせたのは俺なのに、何故謝る。そういう気持ちで胸がしめつけられる。


「千鶴は悪くない。全て俺が悪かった。」


千鶴と斎藤にとって今日は大切な日、夫婦になった日だったのだ。
それを斎藤は忘れていた、あまりの忙しさに。

千鶴は自分より相手を優先する心優しい娘。
たとえ斎藤が忘れていても怒りはしない、責めもしないだろう。
だが、悲しんでいる。

泣いている千鶴を目の前にして斎藤は悩んだ。
だが考えても何も浮かびはしない、何一つ浮かびはしなかった。



その時突然、息が苦しくなった。
深い深い海の底に沈んでいくような感じ。

鎖で繋がれている為海上に顔を出すことができない。
苦しい、苦しい、助けて。

そんな中、千鶴の声が聞こえた。



「・・・とうさん!斎藤さんっ!」
「ち、づる・・・?」


呼び続けて数分経ち、やっと気がついた。
斎藤はいつの間にか倒れてしまっていたらしい。

斎藤の表情は何かに怯えているようであった。
額やいたるところから汗が出てくる。


「だい、じょうぶですか・・・?」
「あ、ああ。大したことない、そんな泣きそうな顔をするな。」


千鶴の頬を撫で、笑いかけるが千鶴の涙は止まらなかった。

斎藤の体は確実に蝕まれている。
先ほどの突然の苦しさはまさにそれの痛み。
もう長くないことを悟った。


だったら尚更、記念日を大切にしなくてはと思った。



「千鶴、今からで構わないと言うなら外へ出かけよう。」
「あ、は、はいっ。すぐに支度してきますね。」


笑顔で答えて足早に自室へ向かう千鶴。
その後ろ姿を微笑みながら見つめていた。

すると突然鋭い痛みに襲われる。
あまりの痛さにむせて、口元を押さえる。
発作のようなものがおさまってはぁと小さく息をつく。
そして着物の裾についた血に気づく。
むせたときに口から出たものがついたのだろう。



「(もう少し、か。)」







(せめて、せめてあと半年は。)







End.
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