BLEACH部屋

□菊花咲乱
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「どないしてん」

寝所に戻るとギンが起き出して待っていた。
乱菊といる時の彼はたいてい目を覚ましている。
お陰で寝顔はなかなか見られない。

「考えごと」なんて言ったら今度は「何を」と聞かれる。


「泣いてる娘が居たからちょっと様子を見てきたの。」


「雛森ちゃんか」


どうして分かるのよ?
本当は乱菊の方が聞きたい。

遊郭にたむろす男衆の熱っぽい視線
遊女達の仄めかしに満ちたしぐさ。
そんな雑音の中からギンは実に多くのものを読み取る。

煙草をくゆらせる彼の側に立って、雪のようにうなじで光っている髪を撫でた。

「匂いが嫌いじゃなかった?」

なんだかパサパサしている。口には出さずとも疲れてるんだろう。

「乱菊が時々吸うとるから、どんなもんやろ思て。」

ニヤッと笑った顔とまともに見合わせると、つられて乱菊も微笑んだ。

「‥あたしも本当は嫌いよ。」


かんざしを抜き去った乱菊のざんばら髪に、ギンの指が触れる。


「ここを出たら短くしようかしら。」

「なんで」

「別に‥。」

「このままでええよ
僕は今の乱菊が好きやから。」



?何か見えた。

ぱちくりと瞬きをした後でようやく気付いた。

ギンがまたやったのだ。

それは花火

思いもよらない時にギンが放つ一言。
冷えた心に咲く空の花。



かねてから消えない不安があった。
ギンと再会した時にも感じたこと。

あんたが見てるのが昔のあたしだけなんじゃないかって。

だとすれば今の自分は彼が思うよりも随分と汚くて、歪んでいる。
いつ正体に気付かれるのか内心で酷く怯えていた。



言ってもいいのかしら、と乱菊は思う。


解っててやってるんでしょう?

あんたがあたしを知り過ぎてて
あんまり優しくするから

だから何も聞けないのよ。



「ねえギン」

「なんや」

「これあげるわ。」

こういうのって重たいかしら?構わないわよね。

つ、と引き抜いた櫛をギンの手に押し込んだ。

「なんやぁ?」

「形見にとっといて。」

「‥生きてる嫁さんから形見貰うなんて縁起でもないわ。
いらんいらんよ。」

「近頃あんまり幸せ過ぎて、これが続くなんて信じられないのよ。」

「乱菊に苦労はさせへんよ。」

「いいから持っといて。その方が安心する。」


しぶしぶといった様子で懐に櫛をしまい込むギン。

女って奴は妙な生き物や――‥。

そんな想いを滲ませながら、乱菊の足元に流れた視線がはたと止まる。

むき出しのつま先がもう真っ白になっている。


「あああかんて」


乱菊は昔から自分の体の調子にうとい。
青い顔をした子供の乱菊にギンがとってきた蜥蜴を食べさせたりしたのもいい思い出だ。

布団を被せて華奢な体を抱え込むと、彼女は嬉しそうにうふふと笑った。

人の気も知らんと。

「阿呆」と呟いて冷たい頬を撫でる。

安心しきってもたれてくる柔らかな重さが、大切な全てなのだ。
出会った時から漠然と感じていた予感。

きっと自分はこの女(ひと)のために手を汚すことになるだろう。

綺麗過ぎる、はかな過ぎる。
世間は君が生きていくにはあまりに多くの毒で満ちている。

だから誰より己が強い毒をもって抗しなければ。


たとえ君がこの想い知らずとも。


思案している内にいつしか胸にしまった櫛のことも忘れ、互いが互いを思いながらの眠りに落ちていった。

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