BLEACH部屋
□菊花咲乱
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君が連れて行かれた日。
僕は数えで八つ。
泣くぐらいしかでけへん、愚図な餓鬼やった。
今でもそんぐらいの年頃の子供は嫌い。
えらい情けなかった自分を思い出す。
あれから十年の月日が過ぎた。
君は十七、美しい。
京の街の梅も桜も笑顔の君には敵わない。
僕は十八。
待っていた日がついにやってきた。
家督を継げば、家の金を自由に使える。
もうすぐ君が家に来る。
花嫁衣装に道具も揃えた。
べっぴんさんやからね、店で一番綺麗なん用立ててや。
鏡台と箪笥はどこに置こか。
南向きの、通りに桜が見える部屋でええやろか。
白無垢を着た君の
喜ぶ姿を早う見たいと思った。
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「なんや、餓鬼が見とるやないか。羨ましいんか?小僧。」
袖に腕を差し込んだ狐目の男がせせら笑うように不機嫌な子供の顔を見下ろす。
このいかにも物腰の軽そうな優男が、京でも随一の呉服屋の跡取りだった。
「うるせぇ」
ぶすっとした表情を隠そうともせず、珍しい、ほとんど銀色の髪を逆立てて少年は今にも走り去ろうとする。
「冬獅朗。」
低めの柔らかい声が彼を呼び止めた。
すると意外にも少年はしぶしぶ振り返る。
「あんだよ‥松本。」
見遣った先にははっとする程まばゆい遊女の姿。
外に出る時はいつも地味な着物を纏っている彼女にはそれでも隠しきれない華があった。
乱菊、とは界隈で男衆に知れ渡っている名である。
そして呉服屋の跡取り息子はその常連にして身請けが決まった相手でもあった。
市丸ギン。
名前まで狐みたいなこの男と乱菊が遊廓に入る前からの昔なじみであることを知る人間は少ない。
自分が通りかかるまで、2人が路地裏で手に手を取り合って、将来の話に花咲かせていたのを冬獅朗は知っている。
「これを京楽様にお渡しして‥」
そう言って身を屈めた乱菊からは甘い香りがする。
文を受け取りながら、冬獅朗は長い金色の睫毛をまじまじと見つめていた。
「早よ行きや。」
狐目にそう言われて一目散に駆け出した。
文からはしたためた香よりも強い、あの甘い匂いが漂っていた。
「あん餓鬼、乱菊に惚れとうな。」
ケタケタ笑いながら、後ろに立ったギンは乱菊の肩に腕を回す。
「あの子も元は江戸の出だから‥弟分みたいなもんよ。」
骨張った腕にそっと手を掛けて眼を閉じた。
「乱菊やのうて松本って呼んどったんは何なん。」
心地いい檻に閉じ込められていると日頃こらえている気の疲れが出てしまっていけない。
「その内‥話してあげるわ。」
無言で乱菊が頬を寄せると、ギンも黙った。
そうして朝焼けの通りに2人だけの沈黙が落ちていった。
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