スレイヤーズ 書庫

□赤と黒
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「ゼロス?」

「僕は貴方の腕を知っています。乱世が続く今ならどこへ行っても歓迎されるでしょう。」

「誰でも‥じゃないわ。」

腕を頭の後ろで組んだリナが柵にもたれ掛かった。

何処からともなく風が吹く。彼女の長い髪の先が舞い上がった。


「男に生まれれば良かった。それで自分自身を貫けるのなら。」

「リナさんらしくないことを。」

「あなたもそう思う?」


寂しそうに笑った顔に思わず体が動いていた。
彼の髪が彼女の頬にかかる。彼女は何も言わない。

触れそうで、触れない距離。


「僕は貴方が男だったらなんて考えたこともありませんよ。」

「男だったら戦場でただあなたと靴輪を並べるだけで満足だったかも知れない。」


食い入るようなリナの眼差しに惹かれて額を重ねる。

同じ隊に所属してからというもの決して踏み越えたことのない距離が今、二人の間には無かった。


「‥そうしたらただ側に居ることが出来た?」


リナは黙って胸元に手をやった。
彼が贈った朱い石のついたタリスマンを指が白くなる程握りしめているのが見えた。


「戦争で戦っても手柄は認められない。家に残れば結婚させられる。」
「名前だって意味がない。実質的にはただの“女゙というだけ。」


リナの前身をゼロスは知らない。
ただ彼女の姉が家から出る手助けをしてくれたと聞いている。

その姉に習ったという剣術で彼女はいくつもの戦場を切り開いてきた。


「今のままでは駄目なんですか。」

「今のままじゃ何処にも行けないもの。」

「行く必要があるんですか?」


そう言った彼を見上げると、額から頬へとゆっくり肌を合わせていく。

冷たい体温を感じながら眼を閉じた。


「あなたに愛される女は不幸ね。
奪い尽くさないと気が済まない男だもの、そうでしょ?」

黙ってすり寄せられた頬の感触を味わっていたゼロスが細い眼を開いた。


「世間ではそれを幸せというんですよ。」



瞬間、火花が散ってリナが身を翻す。

険しい顔をした彼女が握っている短剣の先がこぼれて落ちた。

目の前に鞘から抜かれた愛剣を手に持ったゼロスが、何でもないような顔をして立っていた。


「‥たとえ血が流れてもね?」


皮肉る彼女に向かってにっこりと微笑みを浮かべる。

「冗談です、今の所は。」

「本気のあんたを相手にしたいとは思わないわ。」

「ご謙遜を。」


チン、と音を立てて剣が収められるのを見て体から力が抜けていった。


「彼は何と言って貴方にプロポーズを?」

「プロポーズなんてしなかったわ。」

「ほう‥?」

眉をひそめるゼロスの前で膝をつくまいと歯を食いしばる。
それでもここには居ない彼の温かい表情や声を思い出すと体に力が湧いてくるのを感じた。

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