スレイヤーズ 書庫

□無題
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お互いの領域を侵さない、それがずっと2人が守ってきた暗黙の了解だった。

それでも時折
何気なく巡らせた視線と視線が触れ合って、絡み合う。
息も詰まるほど絶望的な状況の中でふと、背後に寄り添う影がある。



「リナさん」

「やめて‥」

握りしめた指が前髪をくしゃくしゃにした。

「あたしの名前を呼ばないで、お願い。」

嫌だ。

声が震えている。
あたしがただの人間の女になったら彼はあたしを軽蔑するだろう。

そんなのは嫌だ。
嫌だ‥。




「リナさん。」

声と共に腕が降ってきた。
胸の下でゆるく組み合わされた感触に驚いて目を見張る。
広い胸に頭が深々と埋もれている。サラサラという髪の音が聞こえた。

体の隅々にまで彼の気配が広がるような奇妙な感覚に思わず震えが走った。

「小動物みたいですねえ、リナさんは。」

呆然としているあたしの髪を撫でる手の動きを感じた。

「よく噛みつく所も。」



白い手に本当に噛み付いてやりたい、と思う。
触れられる度に胸が脈打つのが分かった。

馬鹿みたいだ。本当に。

涙が乾いた大地に染み込んでいくのを歪んだ瞳で見つめていると、不意に疑問が沸いた。


「ゼロス。」

「はい?」

彼は相変わらず髪をすくのに夢中になっているようだ。



「これは、ただの夢‥?」


手の動きが止まる。


腕をすりぬけて後ろを振り向くと彼と顔を合わせた。

「本当はあたしはベッドで寝てるの?
あんたには答えられるんじゃない。」

本当はきいているのだ。
これがただの夢なのか、それとも彼がわざわざ会いに来たのか。

「‥どの辺で気付きました?」

「あんたがあたしの知らない事実を口にしたから。
また会える、なんて希望的観測は夢でもあたしはしないんでしょ?」


「やれやれ‥また噛まれちゃいましたね。」


困った顔でひらひらと手の平を振ってみせるゼロス。


「ごまかさないで。」

睨みつけた目が一瞬朱いように光るのを見て、弱りきった笑みを浮かべる。

後悔?
例え僅かでもそんな風に思うのはおかしな話だ。


「それとも目が覚めたら手に覚えのない草の束が握られている?
胸はまだ痛む?何も‥」

「何も覚えていないのに痛みだけが残る。」



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