スレイヤーズ 書庫
□赤と黒
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草原を駆ける騎兵の群れ。
掲げた旗の鋭い切っ先が一瞬白く輝いて目を眩ませる。
それらを丘の上から眺めていた小さな影が背後の気配に気付いて後ろを振り向いた。
まだ幼さの残る顔立ちの、長い茶色の髪と眼が印象的な少女だった。
軽装に短剣を腰に刺した姿は風になびく髪がなければ少年のように見えただろう。
「まるで戦争が始まるみたいね。」
「言わずもがな、ですよ。」
近付いてきた男は世間話でもするように笑みを浮かべて言った。
切り揃えた髪や穏やかな物腰は一見、僧職を思わせる。
しかし彼が特に切っ先の細い剣の熟練した使い手であり、笑いを浮かべたまま平気で敵兵の喉首をかき切る姿を彼の部下達の多くは知っている。
いつの間にかついたあだ名が“獣将軍゙。
本人は知ってか知らずか、気にしている様子もない。
ひどく不釣り合いなように思える組み合わせだが、二人は馴れた口調で訓練場を見下ろしながら話していた。
「それで?
あなたはいつ発つの。」
「明日。
東の空から太陽が昇る前に。」
「そう。」
顔を背けて柵に前のめりになる少女を見つめながら男はまた笑う。
「寂しいと思って下さるんですか?」
いつもの彼女なら照れてごまかす所だろう。
しかし少し目を臥せたままポツリと言っただけだった。
そうね、と。
男は困惑した表情を浮かべる。
「どうかしたんですかリナさん?お腹が減ってるならご馳走しましょうか?」
普段の彼女なら、彼の財布が持ちこたえられなくなるまでたかってたかりまくる所だ。
それが頷くどころか首を振ったのを見て、いよいよ彼の中で疑惑が膨れ上がる。
「あたしね。3日後にここを発つの。だからあなたに会うのもこれが最後かも知れない。」
短い沈黙があった。
馬鹿なことを、と思った。
何を言い出すのかと思えば彼女は自分をからかおうとしているんだろうきっと。
だが胸の内の思いとは裏腹に、彼女がただ事実を述べているだけなのだと彼の本心は知っていた。
「‥誰と?」
女が一人で旅をするなど考えられない世の中だった。リナといえど例外ではない。
彼女は一瞬躊躇って答えた。
「ガウリイよ。」
ガウリイ・ガブリエフ。
それは彼の隊に雇われている傭兵の名前だった。
素性は知れないが、卓越した剣の腕と裏腹に気取らない性格だったのを覚えている。
そうか、あの男か。
確かにあの男なら‥と思いかけるのを中断する。
青い目の、迷いがない断ち筋の。
たぶん自分とは正反対のタイプの男。