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みんみんと静かな公園にどこか懐かしいかぶと虫のにおいがした。すっかり真っ暗になった夏に少し生ぬるい空気が漂う。昼間と比べればそれでもまだ涼しいが、それは三橋の背中に汗を滲ませるには十分な温度だ。
両手をならす音が沈黙を遮った。
ざりっと音をたてて真っ黒な視界に真っ黒な革靴が滑り込む。それを拒むように三橋は目を閉じる。状況が何か変わる毎に三橋はこうして目を閉じてきた。
「下手な芝居はよせよ」
少し震えていただろうか。
三橋にはわからない。
言葉の意味すらうまく汲み取れていないのに、三橋にわかるのはその声に若干のいかりとかなしみがこめられているということだけだった。みはし、声と共に気配が近づいてきて三橋はさらに強く目を閉じた。背中の汗が一筋流れるのがやけに冷たかった。阿部の表情はわからない。
「どうして」
なにか触れたかとおもった瞬間三橋の体は傾いた。倒れまいととっさに掴んだものが阿部の腕だと気付くまでに数秒かかった。三橋が驚いて顔をあげるとそこには今にも泣き出しそうな阿部がいた。そんなかおしないで、それがおれのせいじゃなかったらそういえたのに。切なくて三橋はおもわず阿部の名前を吐く。阿部は素早く三橋を腕に閉じ込めたが、それでも阿部の眉間にたくさんしわがよるのを三橋は見逃さなかった。
「…お、おれ」
「本気、なんだろ」
「…あべくん」
「いいよ」
また最初からやり直すから
呟くようにそう言う阿部に、どこかほっとする自分が恨めしくて三橋はまた強く目を閉じた。
夏の夜風
end.
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